C第12話「コミュニケーション」

Category: シュウカツ俯瞰
世の中の企業では皆さんが考えるよりはるかに多く、経営再建という問題が発生しています。
日本航空のようにわかりやすい経営破綻になれば当然のこと、そこまでは至らなくても経営不振を抜け出すために経営再建に取り組むことが多いのです。
ところが、そうした事例をよく分析しますと、かなりの確率で経営再建に取り組む経営者は「現場との会話」をはじめます。
全国のすべての支店や営業所を廻って声を聴く、課長級以上のすべての社員と面談する、あらゆる工場を視察して対話を重ねる、こういった行動が多く取られるのです。

これは、逆に考えますと、それまでは「現場との会話」を重視していなかった、ということになります。
経営者が現場と話さなくて、どうやってお客さまの声や職場の問題点を把握できるのだろうかと思うのですが、皆さんが想像するよりはるかに経営者は現場を知らない場合が多いのです。

経営者と現場の距離が遠くなると何が起こるでしょうか。
「経営者に生の情報が入らない」、そのとおりです。
ですが、それ以上に怖いのが「経営者には耳触りのよい情報しか上がってこなくなる」ということです。
かつて、徳川幕府では側用人と称する権力者が横行しました。将軍が神格化し、家臣が将軍に直接話すことができなくなってきますと、誰かが将軍と家臣の間をつなぐ役割を果たすようになります。いわゆる取次(とりつぎ)ということですが、家臣はまずこの取次に情報を上げるしかありません。そうなりますと、取次はそういった情報の中から選んで情報を将軍に伝えることができます。いわゆる情報の恣意的な操作がはじまるのです。
取次がどんなに善人で、将軍への忠誠心が強かったとしても、いやそうであればあるほど、取次は将軍が喜ばない情報を伝えることを躊躇します。
こうして、いつしか将軍には耳触りのよい情報しか届かなくなります。
この仕組みでは、将軍と取次の“関係性”、取次と家臣の“関係性”という二重の“関係性”が強く働いているとも言えます。

これは明らかに「組織」の中でコミュニケーションが途絶えていると言えます。
開かれたコミュニケーションが無ければ、「組織」は必ず“関係性”の世界へと導かれます。権力者との“関係性”がもっとも重要になる、ということです。

従って、「組織」において重要なポイントの一つは、「組織」の中で開かれたコミュニケーションが存在するかどうか、なのです。
しかし、急にコミュニケーションを、と言っても、それを実現するにはそれなりの工夫が必要です。
まずもって、「組織」における上位者は下のものからの情報を聞く、下のものと会話する、というメッセージが「組織」全体で共有されていなければいけません。
この前提が無ければ、下のものが上位者へ情報を伝える、意見を言う、会話するというのは難しいものです。「組織」における上下関係には必ず心理的障壁が付きまわるのです。
ですので、上位者がそうした心理的障壁を取り除く態度やメッセージを常に発信していなければならないのです。経営再建のような、誰にでもわかる緊急事態であればまだよいのですが、日常では心理的障壁は消えにくいものだからです。
逆の言い方をしますと、下のものからの情報や意見を尊重する、という態度やメッセージを上位者は常に発信すべきなのです。

筆者の体験談で言いますと、毎月定例的に幹部社員を集めて会議をする会社がありました。
これ自体は当然評価されるべき取組みです。
しかし、その定例会議は常に経営者の独演会に終始します。
経営者が声高に持論を展開するたびに、幹部社員は委縮して下を向き、ひたすら経営者のご高説を承るだけです。
これでは、仏作って魂入れず、せっかくの仕組みが生きていません。いや、かえって心理的障壁を高くするマイナス効果しか発揮していないのです。

第6話の「質問する力」で、自分のための質問ではなく、相手のための質問をしましょう、とお伝えしました。
この経営者は最低でも持論を展開する前に、質問する力を発揮すべきです。
それよりも、リスニング・スキル(「聴く」力)を磨くべきでしょう。
人は心を開いて話せた相手を信頼するそうです。相手に心地よく安心感を持って話してもらうためには、少なくとも全身で「聴いている」ことを相手に伝えなければいけません。

ここまでコミュニケーションに欠ける会社は珍しいですが、少なくてもコミュニケーションの土台(コミュニケーション・インフラ)を醸成することはどんな「組織」であっても重要なことです。
即ち、「組織」内のコミュニケーションを活性化する目に見えないインフラ(慣習など)を普及させることです。
例えば、何を話してもよい。どんな提案も受け付けられる。上司は部下からの批判にも耳を貸す。お互いに言いづらいことも言う。知らないことを簡単に聞くことができる。
背景に安心感があり、それに支えられて、まわりへの関心が芽生え、そして行動が起こる。
こうしたコミュニケ―ション・インフラがあって、はじめて効果的で、生産的なコミュニケーションが交わされるのではないでしょうか。
そして、開かれたコミュニケーションによって、「組織」が“関係性”や感情に流される危険性はかなり少なくなるのではないでしょうか。
どうか皆さんも、ご自分の属する「組織」ではどうなのか、よく観察していただきたいと思います。