B-C「アジアとの付き合い方35~インド②~」

Category: シュウカツ俯瞰
インドの2回目は「宗教の博物館」とも言うべき多様性です。

今から3,500年ほど前、中央アジアからイラン高原に至る草原の地からインド亜大陸へ押し寄せたインド・アーリア(コーカソイド)の人々は、天・地・太陽・風・火などの自然神を崇拝するバラモン教をもたらしました。このバラモン教の一大特徴は輪廻(りんね、生き物が死して後、生前の行為、つまりカルマ=業の結果、次の多様な生存となって生まれ変わること)であり、この業(ごう)から逃れるには修行と瞑想を重ねることで解脱(げだつ、悟り)の境地に入る、という考え方にあります。
皆さんはヨーガに見られるような修行者をご存知でしょうが、あの修行は解脱に入る道として、今もインドの多くの人々の尊敬を集めています。

しかし、こうしたバラモン教は生前に犯した罪の結果、卑しむべき存在として生まれ変わる(輪廻転生)というカースト制度につながったため、それを批判する仏教やジャイナ教という新しい宗教を産み出しました。
このうち、ジャイナ教は「真理は多様に言いあらわせる」と説き、一方的判断を避けて「相対的に考察」することを重要視し、同時に戒律に従って正しい実践生活を送ることを勧めたのです。今ではインドに450万人を数えるに過ぎませんが、そのほとんどが商人であり、経済的な地位は低くありません。
一方、私たちに身近な仏教は輪廻と解脱を重んじながらもカースト制度を否定し、その普遍性から南はスリランカから東南アジアへ拡がる上座部仏教、北はガンダーラからシルクロードを辿って中国、チベット、朝鮮半島、日本へ拡がる大乗仏教へと変貌しながら教線を伸ばすことになりました。現在、世界ではキリスト教23億人、イスラム教15億人、ヒンズー教9億人に続く4億人の信者を抱えています。しかし、発祥の地インドではヒンズー教やイスラム教の興隆とあわせて衰退の一途を辿り、今はわずかに900万人を数えるに止まっており、ほとんど社会的な影響を持っていません。

一方、一時期ジャイナ教や仏教に勢力を奪われたバラモン教は、土俗の多様な信仰を吸収しながらヒンズー(ヒンドゥー)教へと変貌を遂げ、無数とも言える神々と、その神々が与えるさまざまな利益(長寿、健康、繁栄、蓄財など)を用意することによって、インド亜大陸に生きる人々の圧倒的な信仰を集めることになったのです。このため、現在のインドでは(ヒンズー教から分派したと考えられる)シク教、ジャイナ教、仏教を信仰する人も憲法上は広義のヒンズーとして扱われているほどです。このように、ヒンズー教は非常に多様な信仰形態を有しており、インドの大地同様の複雑さを現わしていると言えるでしょう。また、ヒンズー教はさまざまな聖典や叙事詩でも知られており、その一つである“ラーマーヤナ”はそのドラマ性からインドから東南アジア一帯へと伝わり、タイではラーマキエンという舞踊劇となり、インドネシアでは影絵芝居の演題として親しまれています。この“ラーマーヤナ”に登場する猿の王ハヌマーンは、皆さんの親しんだ西遊記の孫悟空のモデルにもなっているほどです。

こうしたヒンズー社会に12世紀以降、カイバル峠を下って侵攻してきた中央アジアの人々がもたらしたのがイスラム教で、19世紀にムガール帝国が滅びるまでは一貫してインドの支配階層はイスラム教徒でしたので、インド亜大陸でたくさんの信徒を獲得することになりました。その結果がパキスタンやバングラディシュの分離独立につながりましたが、今でもインドに1億5千万人を数えており、ヒンズー教徒との対立はムンバイテロ事件やヒンズー至上主義者によるイスラム教徒襲撃などの緊張を産み出しています。

ここでインド的なのが、シク教とゾロアスター教です。シク教は16世紀にヒンズー教とイスラム教の両方の影響から生まれたものですが、パンジャーブ地方を中心に2,000万人ほどの規模となっています。ちなみに、今のインド首相であるマンモハン・シンはシク教徒であり、ターバン姿で有名ですが、髪の毛と髭を切らず、頭にターバンを着用する習慣はシク教徒の男性によく見られ、それがいつしかインド人=ターバンというイメージを作ることになりました。
ゾロアスター教は言うまでもなく古代ペルシアを代表する宗教ですが、世界中でわずか10万人ほどの信徒の多くがインドで生活しており、パールシー(ペルシアから来た人たち)と呼ばれています。このパールシーは数こそ本当に少ないのですが、イギリス統治下で貿易に従事したことから大きな財力を蓄え、インドの二大財閥の一つタタ財閥はパールシーが起こしたものです。また、皆さんもご存じのクイーンのボーカリストであるフレディ・マーキュリーは、東アフリカのタンザニアで生まれたパールシーです。

いかがでしょうか、まさに「宗教の博物館」インドの複雑さが少しおわかりいただけたでしょうか。