C「商人」

Category: シュウカツ俯瞰
今回は、ビジネスを“字”の世界から見てみたいと思います。中小企業や小規模事業者でビジネスを考える上でのヒントがあるかもしれません。

商売をする人を「商人」と言います。それは何故でしょうか?
漢字は表意文字です。従って、漢字で表された言葉にはすべて何かしらの意味があると考えてよいでしょう。
では、「商人」とは何でしょうか?
人は人ですので、特段説明する必要もありません。
となると、問題は「商」ということになります。

この話をするには、時代を4,000年ほど遡らないといけません。
中国で漢字が生まれた時代です。
今から2,200年ほど前、「史記」という歴史書が司馬遷によってまとめられました。
この「史記」の中では、夏~殷~周~春秋戦国~秦~漢という王朝の変遷が記録されています。
考古学があまり発達していなかった時代には夏~殷の二つの王朝は実在が疑われていました。しかし、中国の河南省安陽で殷の都跡が発掘され、そこで出土した甲骨文字(亀の甲羅や牛の肩甲骨に刻まれた文字)から、「史記」に書かれている殷王朝の歴代の王が実在したことが明らかになりました。
ちょっとした間違いはありましたが(父子が兄弟であったり、父子が伯父甥であったり)、三十代にもおよぶ歴代の王が甲骨文字で表されていたのです。
これはこれで面白い話ですが、本題からそれましたので「商」の話に戻しましょう。

この殷という王朝の人たちが自分たちのことを「商」と呼んでいたのが、商人という言葉のはじまりです。
それは、殷という王朝ではじめて農産物や青銅器がたくさん作られるようになったからです。そして、「商」の人たちはそうした農産物や青銅器を他のところへ持っていって、別のものと交換する、という活動がはじまりました。
自分たちが作ったものをそれが乏しい別の場所で売って利益を稼ぐ、あるいはある場所で余っているものと交換し、それを別の場所で売って利益を稼ぐ、当時としては革命的な話であったと思いますが、そういうことを殷王朝の人たち(商の人たち)がはじめた訳です。ものが無くて困っている人たちへものを届ける、まさに商売の原点がそこにあります。
そして、こうしたある場所から別の場所へものを動かして利益を稼ぐ人たちを「商の人のようだ」~「商人のようだ」~「商人」と変わっていったのでしょう。

ちなみに、殷という王朝で農産物がたくさん採れた証拠は「酒」にあります。
「酒」は農産物からしか造れません。
農産物が食べるためだけに消費されていては、「酒」は造れないのです。
毎年毎年かどうかは別としても、ある年に食べきれないほどの農産物が採れたことの証が「酒」と言うこともできるでしょう。
そして、殷という王朝は呑んで呑んで呑んでいた王朝であったことがわかっています。なにせ、出土する青銅器の多くは「酒」を呑む器なのですから。
なんで呑んだのか、そのお話は殷の神によりますので、またの機会といたしましょう。

しかし、「呑む」ことができたのは、それだけの農産物を採ることができたということです。食べる以上の農産物を採ることができたので、「需要」と並んでビジネスにおける大切な要素である「供給」というものを、4,000年も前、殷の人たちは可能にしていたのです。どんなに困っている人がいたとしても、それに提供できるものがなければ、ビジネスは成立しません。「需要」と「供給」はビジネスの両輪なのです。
そういう意味で皆さんが提供できるものは何なのか、ぜひこの機会に考えてみてください。皆さんも会社に何かを提供し、会社から何かを提供してもらうことになるのです。会社も社会に何かを提供し、社会から何かを(多くはお金を)提供してもらうことになるのです。