F第47話「スルー力」

Category: シュウカツ俯瞰
ものごとには相性というものがあります。
どうもあの人とは馬が合わないとか、あの人とはフィーリングが合うとか、皆さんも日常的な出会いの中で感じることがあると思います。
これがよい場合は何の問題もありません。
問題は相性が悪い場合です。

筆者の知り合いがあるトラブルに巻き込まれてしまいました。
この知り合いは、大きな組織の一員で、真面目で、仕事もできて、周りからの評価も高く、順調な昇進を続けてきました。
その結果、いわゆるエリートセクションに配属されることになったのです。
本人は周りの期待や評価に背かないようにと、それこそ一所懸命に働いていました。
ところが、彼の上司との相性が極端に悪いのです。
上司から見ると、彼のやることなすこと、何かにつけ面白くない。
彼がいろいろ工夫をしても面白くない。
そこで、顔をあわせるたびに彼に叱責、怒号、侮蔑を浴びせる始末。
周りも二人のピリピリ状態になすすべもなく、遠ざかって見守るのみ。
そんな生活が半年も続いていましたら、とうとう彼は会社に出られなくなってしまい(いわゆる出社拒否症)、家で閉じこもるか、図書館あたりでボーっと時間を潰すか、まったく困った状態になってしまいました。

そうこうしておりますと、彼の友人が筆者にSOSを投げかけてきました。
「彼と会って、何か解決策を授けていただけないでしょうか」と。
もちろん、そんな大したことができる訳ではないのですが、いささか彼よりは人生の経験を積んでおりますので、早速彼に会うことにしました。
そして、助言したのは「夏は暑い」ということです。

夏は暑いのが当たり前です。
暑いのが嫌だと言っても、夏が寒くなる訳ではありません。
せいぜい、薄着をするとか、冷房を効かせるとか、どうにか夏の暑さを凌ぐしか方法はないのです。

相性の悪い上司も同じようなものです。
上司に働きかけて、相性の悪さをなおしていただくことも難しいでしょう。
あるいは、自分自身を変えて、相性をよくしてゆくことも難しいでしょう。
どちらも自分は悪くないと思っているから、それこそ相性が悪いのです。
相性が悪いからと言って、上司を代える力は彼にはありません。
また、相性が悪いことを理由に、職場をすぐ異動することもやはり難しいでしょう。
そうなりますと、正面から夏の暑さとぶつかるのではなく、暑い夏をどうやり過ごすのか、です。

それからの彼は、上司の顔を見るたびに「夏は暑い」「夏は暑い」と呪文のように独り言を言い、そういうものだと自分を慰め、我慢することができたそうです。
結果して、会社に出社できるようになり、定期の人事異動でその上司と離れることができ、今ではこれまでのように一所懸命働いています。

このように、どうしようもない事態にぶつかったとき。
それが本当に自分の力ではどうしようもないとき。
方法は一つです。
それをどうにかして凌ぐ、やり過ごすことです。
これを「スルー力」と名付けましょう。
日本語にすると、聞き流す、見て見ぬふりをするということ。
人間は困難な事態に遭遇したとき、それに対して全力で挑もうとすることがしばしばあります。
ちょうど、正面から夏の暑さにぶつかるようなものです。
しかし、時にはそれを無視して事なきを得たほうがよい場合もあります。
それを的確に判断し、実行する能力を「スルー力」と名付けましょう。

皆さんも仮にそうした事態に陥ったとき。
「夏は暑い」という言葉を思い出し、「スルー力」を発揮してみてください。
いずれ夏は過ぎ、涼しい秋が訪れるものです。