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C第40話「誰を囲い込むのか」

前回、“信州若者1000人会議”のお話を差し上げました。若者と社会や企業をつなぐというユニークであると同時に、若者の生活体験が社会的に活かされる有意義なプロジェクトです。
同じように長野県で注目すべきプロジェクトがもう一つあります。それが今回ご案内する“ハナサカ軍手ィプロジェクト”です。信州大学繊維学部の学生たちがはじめた、作業用はもちろんファッションとしても活躍する、あったかく丈夫で、チャーミングな軍手(軍手ィ)を販売し、その利益で長野県内の小学1年生に「ちび軍手ィ」をプレゼントするという、実に興味深いプロジェクトです。
“信州若者1000人会議”といい、“ハナサカ軍手ィプロジェクト”といい、長野県は頑張るな、という感じですが、実は“ハナサカ軍手ィプロジェクト”の面白さは顧客の囲い込みへつながる方向性があることです。

顧客の囲い込みについては「縮小する市場と中小企業」でも触れましたが、メーカーや小売業が現在の顧客を永続的な顧客として固定客化・ファン化させること。その狙いは、固定客の比率を拡大し、リピート購買、連続購買を促すことで、長期継続的で安定した売上拡大を図ることにあります。従って、一人ひとりの顧客をどのようにつなぎとめ、顧客ロイヤリティ(顧客がサービスや商品に対して持っている愛着)をいかに向上させることができるかが、メーカーや小売業にとっての最大の課題であり、販促活動の中心的テーマの一つとなっています。

「ちび軍手ィ」のどこが囲い込みなの、と思うかもしれません。
そこで、サービスや商品にあたるものが地域であり、顧客にあたるものが住民であると考えてください。
現代社会は大きな意味で地域間競争の時代です。地域の活力や魅力をどのように高めて、求心力を強くし、来るべき人口減少時代をどう乗り切るのか、ここに地域の未来がかかっていると言ってもよいでしょう。
そうしますと、顧客の確保(囲い込み)は即ち住民の確保に他なりません。住民の中には今住んでいる住民がそのまま住み続けてくれることもありますし、他の地域に住んでいる人を受け入れるということもありますし、地域の出身者が返ってくるということもあります。いわば、顕在化している顧客(住民)もあれば、潜在化している顧客(移住者、出身Uターン者)もある、ということです。

そう考えてみますと、長野県内の小学1年生に「ちび軍手ィ」をプレゼントすることは、長い目で見たときに将来の住民予備軍を囲い込んでいると言えないでしょうか。小さなころから故郷に対する想いを深くする、故郷への愛着を強めることは、当然のことですが彼ら彼女らが成長したときに故郷とのつながりを強めてくれるでしょうし、地元に勤める、あるいは地元に進学するだけに止まらず、将来Uターンする可能性も高めてくれます。まさに、鮭の放流のように、いずれは母なる川へと帰ってくることが期待できるのです。

しかし、もうひとひねりして欲しいなと思うのは筆者だけでしょうか。
それは高校生です。
日本において故郷を離れる最大のタイミングは高校を卒業するとき。多感な時代を過ごした故郷を離れて、多くの若者は大都市へと巣立ってゆきます。そして、彼ら彼女らは大学で、企業で新しい生活をはじめるのですが、必ずと言ってよいほど、故郷自慢をしたがるもの。そのときに、彼ら彼女らに故郷を誇れるツールを何か提供していただきたいと思うのです。
故郷の名産物のギフト券でもよいでしょうし、故郷の観光施設の招待券でもよいでしょうし、ツールはそれぞれの地域ごとにさまざまな形があると思います。要は、彼ら彼女らが異郷の地で故郷を誇れるもの、であれば何でもよいでしょう。
それを手に取って故郷を語るとき、彼ら彼女らの目は輝き、故郷の魅力をもっとも的確に伝える伝道師になるのではないでしょうか。
そして、そうした彼ら彼女らを組織化する仕掛けを作る、それが“信州若者1000人会議”であっても、Web上のコミュニティであっても、素朴な同郷の宴会であってもかまわないと思うのです。
いかがでしょうか、ちなみに上田市の人口構成を見ますと15歳人口は約1,500人、このうちどれだけ高校に進学するのかはわかりませんが、ざっと8割と考えれば1,200人内外でしょう。1年間で1,200人の潜在的顧客が囲い込めるのだとすれば、それなりのコストをかけても見合うのではないでしょうか。
マーケティングの4Pのうち、地域において有効なプロモーションはメディアでの宣伝ばかりではなく、こうした潜在的顧客を顕在化することも有効ではないでしょうか。

F第39話「生活体験からビジネスを考える」

ピア・サポート(peer support)という考え方があります。同じような立場の人によるサポートという意味ですが、その背景にはサービスの受け手とまったく違う立場の人間がサービスを考えたり、提供したりすると、どこかしらにギャップが産まれ、受け手の不満が募りがちだ、という現実があります。
例えば、近年、家庭内暴力に晒されている女性や子どもたちを支えるはずの行政が、かえって女性や子供たちの感情を逆なでしたり、女性や子どもたちの悲痛なメッセージを見逃したり、逆にマイナスの情報を公開してしまったりする事件がよく起こりますが、家庭内暴力に晒されるという異常事態からはあまりにもかけ離れた生活をしている担当者がその仕事にあたっている、という状況が一つの原因となっています。そこで、ピア・サポートを導入して、家庭内暴力に晒されてきた、あるいはその周辺にいて事態をよく理解している人を担当者に充てよう、ということになります。

こうしたピア・サポートの考え方はかなり浸透してきましたので、見当違いのサービスが提供されることも徐々に減ってきているのではないでしょうか。
しかし、これとまったく同じことがビジネスの世界でも起こっています。若い女性向けの商品を年配の男性が企画していたり、田舎の農村向けのサービスをヒルズ族のお兄さんが考えていたり、ある種のミスマッチは常に存在します。

そう考えますと、実は皆さんのさまざまな生活体験はビジネスに結びつく可能性がある、という逆の発想に辿りつくのではないでしょうか。
例えば、キャリア・マムという会社が東京の多摩にあります。創業者は出産と育児に追われてきた自分の体験をもとに、そうした母親の知識や経験をビジネスにつなげようとこの会社を作りました。
以来、20年近い経営の中から、全国10万人の会員を抱え、ユーザ(主婦)本位のキッチンの開発やネットスーパーの仕組みの構築など、主婦マーケティングの世界で多くの実績を積み重ねてきたのです。

また、軒先ドットコムという会社が東京の目黒にあります。創業者は雑貨の輸入販売を手掛けていたのですが、売る場所を探しているうちに、通常の貸店舗では高くて採算があわないという現実と、そうは言いながら世の中には使われていない空きスペースがたくさんあるという現実を知ったそうです。
そこで、都内のさまざまな空きスペースを足で探して登録してもらい、それをWebにアップして仲介するビジネスを立ち上げたのです。空きスペースを1日数千円から利用できるこのサイトは移動販売などを手掛ける企業に人気で、空きスペースの利用料の35%を仲介料としていただく商売も順調に伸びているとのこと。

同様に、長野県や四国における若者1000人会議の試みも若者の生活体験を社会につなげてゆくという意味で、非常に興味深いものがあります。
「会議」をしたので「現場」に行く、若者と企業との接点をつくる、自分より若い人への支援が続くという三つの方向性は、若者と企業や社会をつなぐ場としてさらに大きなうねりを作り出す可能性がある、と言えるでしょう。

皆さんも経験が少ないからとか、資金がないからとか、応援してくれる人がいないからとか、そうした否定的な考え方に閉じこもるのではなく、皆さんの生活体験は実は貴重なものかもしれない、という可能性にチャレンジされてはどうかと思うのです。
そして、そうした皆さんの生活体験を実際のビジネスにつなげる場として、さまざまな中小企業が皆さんを待っていると信じてみてはいかがでしょうか。
皆さんを取り巻く社会や企業が提供するさまざまなサービスや商品が、実は自分たちにフィットしていないと感じることがあれば、そこには必ずビジネスチャンスがあると考えていただきたいものです。

F第38話「失敗から学ぶ」

中小企業が世の中のさまざまな事例から経営のヒントを見つけることは可能です。失敗から見出すヒントもあれば、成功から見出すヒントもあるはずと、前回お伝えしました。
同じように皆さんも社会に出て、中小企業などの職場へ入ることになると、さまざまな事例に直面することになります。そうした際に、どういったヒントを見つけるかが問題です。
皆さんの中には失敗を過度に恐れる方もいらっしゃるでしょう。当然と言えば当然で、まだまだ世の中の仕組みがよくわからないのですから、できるだけ慎重に振る舞おうとすることはうなずけます。
しかし、失敗しないように失敗しないように、とばかり気にしていますと、若者本来の伸び伸びとした可能性が縮んでしまう危険もあるでしょう。
要するに、失敗を恐れず、失敗を繰り返さず、失敗から学んで次に備える、そう考えて欲しいのです。

例えば、あるアパレルメーカーで商品企画を任された若手社員は、これまでの必勝パターンを守れば手堅く売れると考えました。こういう素材、こういう色合い、こういうデザインであれば間違いが少ない、そうした「守りの姿勢」に陥ったのです。その結果は、「代わり映えがしない」とお客さまから飽きられて売り上げが大きく落ち込んでしまいました。これは言い訳の効かない失敗です。
しかし、このアパレルメーカーは落ち込んでいるこの若手社員に次のチャンスを与えます。主力ブランドの企画を任せたのです。若手社員は驚くのと同様に、その理由を考えました。どうして会社は私にこうしたチャンスを与えたのだろうか、と。そこで気が付いたのです。前例(必勝パターン)に縛られて失敗した自分であれば、同じ間違いはしないと期待してくれたのではないか、と。
そこでこの若手社員はこの主力ブランドの定番のパターン、こうすれば売れるはず、という思い込みを捨て、一から商品を考え、新しい商品を企画しました。その結果は、いささかマンネリ気味だった主力ブランドがイメージを一新し、これまでのお客さまはもとより、新しいお客さまも獲得できたそうです。
いかがでしょうか。第一に素晴らしいのは若手社員に二度目のチャンスを提供した会社の姿勢であり、第二に素晴らしいのはその期待の中から何が自分に求められているかをつかんだ若手社員の姿勢であり、第三に素晴らしいのは前回の失敗を次の成功に結び付けた実際の成果です。

このように失敗から学ぶ考え方を体系化したのが「失敗学」の畑村洋太郎さんです。もともとは機械工学の研究者でしたが、「失敗に学び、同じ愚を繰り返さないようにするにはどうすればいいかを考える。さらに、こうして得られた知識を社会に広め、ほかでも似たような失敗を防止する。」という彼の考え方は多くの賛同を得、あの東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会の委員長も務めたほどです。
ここで「失敗学」の基本原則を紹介しましょう。
その第一は、原因究明 (CA: Cause Analysis)です。なぜ失敗したのか、その原因を探ることです。
第二は、失敗防止(FP: Failure Prevention)です。どうしたら失敗を防ぐことができるのか、その対策を考えることです。
第三は、知識配布(KD: Knowledge Distribution)です。失敗の原因を探り、それを防ぐ方策を考えた結果を組織で共有し、組織として失敗を再発させない仕組みを作ることです。

いかがでしょうか、これは皆さんが直面するであろう失敗を成功に換える際にも応用できるのではないでしょうか。そして、皆さんも失敗は成功の元、にしていただきたいものです。
なお、畑村洋太郎さんの「失敗学」を学ぼうとするのであれば、「失敗学のすすめ」という文庫本が講談社から出ていますので、一読されることをお薦めします。