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C第37話「縮小する市場と中小企業」

人口減少や円安という外部環境の変化について、今月はお話を差し上げていますが、今回は人口減少などで縮小する市場の中で中小企業が取るべき道筋をお伝えしたいと思います。

日本経済新聞の読むべきシリーズの一つに「私の履歴書」という一番後ろの文化面があります。このコラムでも、これまで何度かお伝えしてきました。
現在は、日本を代表する建機メーカーであり、国際的に活動を拡げているコマツ、ちなみに国内シェアは33%近くで断トツの1位、世界シェアは米キャタピラーに続く2位ですが、近年、中国の三一重工や中聯重科の追い上げが急です。

さて、そのコマツ(旧小松製作所)の名経営者として評価が高い坂根正弘(さかねまさひろ)元CEOが今の「私の履歴書」の主人公です。
その中から、中小企業にとって大変示唆に富んだ回顧がありましたのでご紹介します。
「・・・手掛けたのはファクト・ファインディング(事実把握)の取り組みだ。建設機械の実力について最も信頼できるデータを持っているのはメーカーでもなくディーラーでもなく、お客様だ。そこで何人かでチームを組んで、一軒一軒お客様を訪ね歩くキャラバン隊を立ち上げた。・・・非常に地味で骨の折れる作業だったが、その中から貴重な事実が浮かび上がった。一つはブルドーザーの修理コストは想定よりもかなり高く、1万時間稼働させるのに必要な修理費は新車価格の80%に相当する、という事実。さらに、足回り部品の修理費が高く、その部分の耐久性を上げれば、修理費が大幅に低減することも判明した。恥ずかしい話だが、コマツは長年、建設機械の商売をしていながら、こうした事実を実証データとしては把握していなかった。高度成長時代はモノを作れば売れる時代。開発と生産、販売の対応に必死で、お客様に売った後のことはメーカーとして本流の仕事ではなかった。」

いかがでしょうか、「お客様に真実がある」という市場重視、顧客指向は当然として、「高度成長時代は作れば売れる」、ここに大きなヒントがあるでしょう。
戦後の日本経済は、作れば売れるから、安ければ売れる、良ければ売れる、と焦点は変化してきましたが、いずれにしても供給側の理屈が前提でした。
モノがあれば、モノが安ければ、モノが良ければ、すべてそうです。
これは、人口増加と所得向上があいまって、市場が拡大する局面では確かな理屈です。
何せ、放っておいても市場は拡大するのですから、あとはそこに供給すればよい、ということです。

しかし、この理屈は終わりを告げました。
大前提である「市場は拡大する」という条件が変わってしまったのです。
今や日本経済は(国内においては、特に地方においては)、「市場は縮小する」という条件を前提にしないといけなくなりました。
そこでは供給側の理屈はなかなか通じません。
「これだけ鮮度のよい魚を仕入れたのに売れない」「これだけ安い料金にしているのに客が来ない」、そういうことが当たり前に起こるのです。
では、どうするか、です。

そのヒントが坂根氏の「最も信頼できるデータを持っているのはメーカーでもなくディーラーでもなく、お客様だ」という市場重視、顧客指向であることに間違いはありません。
しかし、それはさらに踏み込むことで中小企業の選択肢となれるのです。

ポイントは、「お客様を囲い込む」ことです。
そのためには、「お客様が誰なのか」を知らなければなりませんし、「お客様から選ばれるだけの卓越した何か」がなければなりません。
ビッグデータをはじめとする「特定できない個々のユーザの蓄積された巨大なデータから、ユーザの動向を分析する」という技術を中小企業が使うことはなかなか難しいものです。
しかし、中小企業の多くは、その気にさえなれば、個々のユーザを特定し、そのデータを蓄積することが可能です。
要するに、ビッグデータを使わなくても、居酒屋のおやじさんは一人一人のお客様が何を好み、いつ頃店に来るのかを知っているのです。
このおやじさんと同じように、多くの中小企業ではお客様を把握することが可能です。いわば、ITとしてのデータベースを構築するかどうかは別としても、アナログ的であったとしても実現ができるはずです。
まずは、そこからはじめましょう。

そして、お客様が特定できて、その動向も把握できるようになったら、あとはコンペティター(競争相手)との競争に勝つための「卓越した何か」を実現することです。
肌理の細かい気配りかもしれませんし、高い品質なのかもしれませんし、欲しいときに提供するタイミングかもしれませんし、何でも問題を解決して差し上げるコンシュルジュかもしれません。
それは個々の中小企業の持つ組織風土やコア・コンピタンス(中核となる能力)、置かれている環境やお客様の特性によって異なるでしょう。
しかし、よくよく自分に何ができるかを突き詰めれば、何かしらの「卓越した何か」が見つかるのではないでしょうか。
コマツのような日本を代表する大企業からでも、中小企業が経営のヒントを見つけることは可能です。
問題は、役に立つヒントを与えてくれる相手を探すことでしょう。その中には、失敗から見出すヒントもあれば、成功から見出すヒントもあるはずです。


C第36話「来日外国人の産み出す市場」

人口減少や円安という外部環境の変化の中で、中小企業はどう生き残りの道を探ったらよいのか、最後のヒントは「来日外国人の産み出す市場」です。

このコラムでも何度か来日外国人(観光客)の重要さはお伝えしてきました。6月4日付の「地域における産業振興を考える」、11月7日付の「観光振興の行方」、12月14日付の「外国人観光客」、1月14日付の「海外観光客1千万人時代」といったところです。
しかし、年間1,000万人を超える今、その中身がどうなのか、ここに注目する必要があります。
まず、どういった国から日本へ来ているのかを見てみますと、韓国、台湾、中国、香港をはじめとして8割がアジアから来日している、という事実です。そして、特に伸びの大きいのが中国で、前年比で+70%を超えています。
次に、彼らは多額の消費を日本にもたらしているという経済効果です。その額は一人あたり11万円を超え、全体では1兆円を上回る巨大な消費を産んでいます。日本人観光客の消費が一人あたり5万円程度ですから、来日外国人の消費の大きさがよくわかります。さらに、これを国ごとに見ますと、中国、台湾、韓国、アメリカ、香港と、上位5カ国で全体の7割近くを占めています。その中でも買い物代が急増しているのが目立ちます。
最後に、ちょうど昭和40年代から50年代の日本人観光客がそうであったように、今の段階では団体旅行(集団ツアー客)が多くを占めていますが、徐々に少人数化、差別化や多様化が進むと予想されることです。今の日本では団体旅行が過去のものとなり、家族、友人、夫婦、一人旅が多くを占め、しかもそれぞれのこだわりで行き先を選んでいるのと同じような状況がはじまりつつあるのです。

海外に進出するのはどうだろうか、と二の足を踏む中小企業であるならば、日本国内で拡大しつつある巨大なこの市場に的を絞るのも考えられる選択肢でしょう。
しかも、国ではこの秋から消費税免税制度を大幅に拡大し、従来免税販売の対象となっていなかった消耗品(食品類、飲料類、薬品類、化粧品類その他の消耗品)を含めたすべての品目が新たに免税対象となりました。要するに、来日外国人はどんなものを買っても消費税を払う必要がない、黙って日本人よりも8%安く買えるようになったのです。
この措置がもたらす効果は著しく、来日外国人が増加している沖縄では、免税措置を導入している一部の小売店で免税品売り上げが前年の3倍を超え、医薬品、化粧品、食品、衣料品など、広範囲な商品が売れに売れているようです。

また、来日外国人の訪問先にも変化が生じており、富士山の見える公園で記念撮影、山陰のひなびた温泉宿で蟹の食べ放題、地獄谷温泉(長野県)で猿の入浴を見学、高野山でお寺参りなど、これまでは想像もつかなった穴場に彼らは訪れているのです。うちは有名な観光地じゃないし、京都のような歴史も文化もないし、といった気後れは無用のようです。

来日外国人に訴える魅力はなんなのか、それをそれぞれの地域が真剣に考える時期が到来したようです。ちなみに、人口に対する外国人客数を比べてみますと、フランスの130%は凄いとして、ドイツでも37%、アメリカや韓国でも20%を超えているのに、日本はわずか7%ですから、韓国並みに来日外国人が増えるとすれば、今の3倍の市場が目の前にあるのです。

この巨大市場に食い込む中小企業がどんどん増えて欲しいものです。物販であれ、飲食であれ、宿泊であれ、サービスであれ、いろんな参入の方法があるでしょう。
ちなみに筆者は中国の友人から、古民家に泊れる温泉地はないかとオファーを受けています。しかも、温泉で美味しいワインが呑みたいとのこと、そういう旅であれば費用は惜しまないというのですから、中国の富裕層は豪勢なものです。温泉、古民家、ワイン醸造という地域の関係者をまとめて、そうしたツアーを設定するだけでも、かなりの市場開拓が見込まれるのではないでしょうか。

さて、その際に考えていただきたいことは、海外進出でも触れましたが、私たちの常識が彼らの常識ではない、供給側の思い込み(プッシュ志向)は百害あって一利なし、ということです。
例えば、荘厳な寺院の前には大型バスがずらっと並び、どこかしこにも「禁煙」とか、「手を触れないください」とかの注意書きが貼り出され、それどころかフランチャイズ店の看板がけばけばしく景観を乱し、一体どこに日本の風情があるの、と言いたい街がどれほど多いことでしょう。また、誰に道を聞いても話せる人がいない、メニューが日本語ばかりでわからない、どうやって食券を買ったらよいか戸惑う、料理の食べ方を教えて欲しい、といったコミュニケーションの欠如も目立ちます。
相手の身になって、という教えは日本にも昔からあるのですから、自分目線から相手目線にチェンジして、来日外国人に満足していただけることが、結果として地域経済に大きなプラスを産み出すのではないでしょうか。
そうした過程の中に、中小企業のビジネスチャンスもさまざまに生じてくるのでしょう。
ぜひ、皆さんも拡大し続ける来日外国人の市場への挑戦を考えていただきたいものです。

C第35話「海外での活路」

人口減少や円安という外部環境の変化の中で、中小企業はどう生き残りの道を探ったらよいのか、次のヒントは「海外での活路」です。
これまで、海外と聞くと、中小企業では無理な話と思われる傾向がありました。
確かに、大企業の海外進出は目覚ましいものがあります。しかし、こうしたチャンスは大企業に限られたものではありません。
筆者の友人は上海で活躍していますが、その彼から「杭州には銭江新城という上海浦東のようなところがあります。90%以上の建物が整備されています。杭州の新たな金融センターです。杭州の友達の提言ですが、日本風の喫茶店とか、パン屋さんをもし作れば、売れるはずです。」とのこと。
これが海外、特にアジアの現地感覚だとお考えください。
それほど、日本のサービス業や物販業、飲食業の付加価値は高いのです。
今、クールジャパンとか、ジャパンブランドといった表現をよく目にします。一昔前ですとメイドインジャパンですが、製造業は既にその多くが海外へ進出し、世界の工場は今や中国です。トレンドは製造業からサービス業や物販業、飲食業に移っていると考えてよいでしょう。その背景は、卓越した品質であり、安心安全であり、清潔であり、接客であり、サービスであり、おもてなしなのです。
これを現地の企業が実現するには、かなりの時間と投資が必要です。まさに、アジアをはじめとして消費者の要求が量から質に変化しつつある今こそ、需要と供給のギャップを埋める日本の中小企業の卓越した価値があると言えます。

数字で見てみましょう。2020年に消費市場がどの程度の規模になるのかという日本経済新聞の予測です。1位はアメリカで1,300兆円、伸び率は11%、2位は中国で560兆円、伸び率は53%、3位は日本で300兆円、伸び率は7%、4位はドイツで200兆円、伸び率は7%、以下目につくところでインドが160兆円、韓国が74兆円、インドネシアが70兆円という具合で、これまでのように欧米や日本国内だけを見ていたのでは市場の変化に対応できなくなっています。伸びしろは間違いなくアジアをはじめとする3A(アジア・アフリカ・南アメリカ)にあるのです。
もう一つの数字は、消費者が感じている景気の先行きに対する感覚です。100を超えれば楽観的=消費が伸びる、100を下回れば悲観的=消費が伸びない、という日本経済新聞の調査です。楽観的なのはインドネシアの122、インドの120、フィリピンの118、ブラジルの112、中国の108と軒並み3Aの国々です。これに対して悲観的なのは韓国の51、日本の73、ドイツの90、アメリカの93と軒並み欧米や日韓です。
この二つの数字を見れば、未来の市場がどこにあるのか、言うまでもないでしょう。

こうした市場の変化に大企業は敏感です。
インドネシアでは冷蔵庫があまり普及していません。そこで、冷蔵庫を買った家庭では冷たい水や氷を冷蔵庫で作り、それを近所に売るビジネスが流行しています。これに対応して、ペットボトルをたくさん収納でき、冷凍庫には製氷用のボールが入る冷蔵庫を販売したところ大ヒットになりました。
また、インドネシアでは電力不足から家庭で使える電力が少なく、せいぜい900ワット。これでは日本の家電製品を複数使えばブレーカーが落ちてしまいます。そこで、低い電力でも稼働する家電製品を販売したところ、これも売り切れになるほどの好評です。
さらに、タイでは即席麺に水をかけて電子レンジでチンする家庭が多いそうで、即席麺ボタンをつけたワンタッチで調理できる電子レンジを販売したところ、大好評。
いずれも、世界共通仕様の製品では売れず、現地仕様の製品がヒットしたのです。まさに、作り手中心のプッシュ志向ではいけないということでしょう。

こうした製造業で中小企業が大企業と伍して戦うのは難しいかもしれません。しかし、小回りの利くサービス業や物販業、飲食業ではまさに中小企業の出番なのです。
タイでは日本のファッションを紹介するタイ語版の雑誌が15万部を超え、フィリピンでは日本式のラーメン屋やトンカツ屋に行列ができ、ベトナムやカンボジアでは寿司屋や焼肉屋を利用する光景が普通になり、所得水準の上昇にあわせるように、日本式のサービスや物販、飲食は求心力を高めています。
それはごくごく小さな企業でも可能な海外進出です。昨年は番外編「根室のメガネ店がホーチミンへ」で、北海道根室市のメガネ店が第二号店をベトナムのホーチミンへ出店したというお話を差し上げました。
また、カンボジア最大級の商業施設イオンモール・プノンペン店には福岡市のラーメン店「秀ちゃんラーメン」が出店しています。秋田県横手市の製麺業林泉堂は「ラーメンレストラン林泉堂」をモンゴルのウランバートルに開店しました。
まさに、地方の中小企業の海外進出は恐るべしなのです。

そうした中で、今回はアパレルやかばん、靴などの補修サービスを提供する「ビッグ・ママ」という仙台市の会社がシンガポールへ進出する、という話です。
“お直しコンシュルジュ”と名付けたとしても、要するに年商10億円程度、洋服の繕いです。昔はどの街にもかけはぎ屋さんとか、つくろい屋さんがいたものです。その現代版といってよいでしょう。
国内でも55店舗と市場を拡大していますが、その多くが東日本に偏っているこの段階で、シンガポールに進出するのですから、高度化するアジアの消費市場の魅力はそれほど大きいということです。

さて、こうした海外進出で気を付けるべきポイントはなんでしょうか。
まず、中小企業では経営者自身がかけがいのない経営資源であり、コア・コンピタンスであるという傾向が強いです。そうなりますと、海外進出を経営者自らがしっかり進めないといけないでしょう。誰かに任せて、経営者は遠隔操作を、という認識では長続きしないと思います。むしろ、国内は誰かに任せて、という方が、システム化が容易だという意味では正解かもしれません。筆者も昔、知り合いの窯元が中国へ進出するという相談を受けた際、若社長が自ら中国に本拠を移さないとうまくゆかないのでは、と助言したことが思い出されます。
次に、海外進出の多くは現地との提携をベースにすることになります。その際、提携先をよく観察し、評価し、認識することです。日本流の人間関係が海外で通用するとは思わないことです。もちろん出会いは重要ですし、その出会いで信用できると感じることも大切です。しかし、だからといって、それだけに頼ると大きな勘違いを起こしかねません。さまざまな角度から提携先を観察することが必要です。
最後に、日本での成功パターンを金科玉条のように持ち込まないことです。もちろん、卓越した何かはきちんと守らないといけませんが、作り手中心のプッシュ志向は間違いの元です。少なくとも現地の生活や文化、歴史や宗教などはおさらいしておくことでしょう。その上で柔軟に、そして妥協せずに、自社の持ち味や特色は貫きながら、現地の受け手の価値観にマッチする、そういった包容力のある進め方が大切ではないでしょうか。

いかがでしょうか、こうしたポイントを参考に、皆さんもぜひ海外へ足を踏み出してください。

C第34話「卓越すること」

人口減少や円安という外部環境の変化の中で、中小企業はどう生き残りの道を探ったらよいのか、その最初のヒントは「卓越すること」です。
卓越する、群をぬいてすぐれていること、英語で言えばprominent(ラテン語のprō前方へ+minēre突き出る、です)。
とにかく比べものにならないほどに優れている、抜け出ている、そういう感じですね。

例えば、水族館の巨大な水槽、あの透明なアクリルパネルを作っているのは香川県にある日プラ株式会社という中小企業です。水族館用の大型アクリルパネルの加工技術(重合接着)において独自技術を持っていて、その世界シェアは70%と言われています。
オイルショック前までの売り上げの中心は、大手の下請けで作っていたアクリル製の電球の傘だったそうですが、オイルショックという外部環境の変化の中で、生き残りをアメリカの水族館へのアクリルパネルの納品に見出し、今の地位を築いたのです。
何よりも屈折せず、丈夫であくまでも透明なアクリルパネルは、誰にもまねできない、まさにprominentなのです。

例えば、天文台の巨大な望遠鏡、その生命であるレンズを磨くのは、岐阜県にある株式会社ナガセインテグレックスの開発した超高精度な研削盤です。これによって、複雑な非曲面レンズの超高精度な研削加工が可能になり、製作期間は一年から一ヶ月程度に短縮されたのです。
もともとは工作機械を大量生産していたのですが、大手メーカが海外での生産拡大に走る中、「日本に残って、最高のお客様に、最高の加工機をご提供すること」を目指して、生き残りを超精密加工機に賭けたのです。そして、今では世界中の天文台がこの会社の技術に頼っています。これもまたprominentと言えるでしょう。

例えば、真珠は日本が誇る宝飾品ですが、その真珠をカットしたサッカーボールのような形の「華真珠」、中国、香港や台湾、そしてヨーロッパやアメリカで大人気ですが、これは山梨県にある有限会社小松ダイヤモンド工業所というダイヤモンド研磨の中小企業が開発したものです。
大戦当時に政府の戦費調達のために国民が供出したダイヤモンドを当時の大蔵省が市中へ売却したことからはじまった戦後のダイヤモンド研磨業界の中で、真珠をカットするという常識はずれの技術に挑んだ小さな企業が世界に類のない新しい真珠を産み出したのです。そして、その華のように煌めく真珠は今や世界中のお金持ちの心を捉えているのです。山梨県という真珠と無縁の地方から産まれたprominentがそこにあります。

いずれの企業も、それぞれの領域の中で卓越した(prominent)何かを産み出し、今日の成功を果たしたのです。
この三つの事例は技術という領域での成功例ですが、卓越することは必ずしもものづくりだけに限定されるものではありません。サービス業であれ、物販業であれ、クライアントや消費者に対して卓越した何かを提供することは可能です。

これは古い話になりますが、今や私たちの生活に欠かせない宅急便。
当時の運送業界の常識であった「集荷・配達に手間がかかる小口荷物より、大口の荷物を一度に運ぶ方が合理的で得」という考え方に対して、「小口の荷物の方が、kg当たりの単価が高いのだから、小口貨物をたくさん扱えば収入が多くなる」と確信して、小さな荷物を一つずつ戸口まで素早く配送する輸送方法を編み出したのがヤマト運輸です。
しかし、どうしてヤマト運輸がそうした常識外れのビジネスに挑戦したかと言えば、そこには三越の専属配送業者に過ぎなかったこの会社が、三越の横暴な押し付け販売や費用負担に耐えかねて(第15話の三越事件を参照)、大クライアントである三越と絶縁する、という勇気ある決断をしたことにはじまるのです。
これもまた外部環境の変化と言えるでしょう。
その変化の中から、宅急便というユーザにとって卓越したサービスが産まれたのです。それまでは、ユーザが郵便局に持参する郵便小包、あるいはユーザがしっかりと梱包して小荷物取り扱い駅に持参し、駅に取りに行かなければならないというチッキしか存在せず、いずれも一つ一つの荷物を番号管理もしておらず、いつ届くのかさえわからないサービスだったのですから、宅急便はまさに卓越していたと言えるでしょう。

いかがでしょうか。
技術にせよサービスにせよ、エンドユーザにとってそれが卓越していれば、外部環境の変化へ対応して生き残り、成長することは可能になります。
今の日本の中小企業においても、確かに人口減少や円安は大変な外部環境の変化と言えますが、その中から何か卓越したものを産み出せれば、新たなビジネス・チャンスを自分のモノにすることができるのではないでしょうか。
その意味では、皆さんもこれから自分が働く組織の中で、どうしたら卓越した何かを産み出せるのか、ぜひ知恵と努力を振り絞っていただければと思います。

その際のヒントをいささかお伝えしたいと思います。
最初は、「クライアント、消費者、エンドユーザなどの受け手」にとって卓越していなければいけない、ということです。受け手が「これは卓越している」と思わなければ意味がありません。品質、価格、アスターサービス、新しい価値、それは何でもかまいませんが、重要なことは「受け手にとって」であって、作り手中心のプッシュ志向ではいけません(第9話のエドセルを参照)。
次に、卓越した何かは、これまでの延長線上にもなければ、まったくかけはなれたところにもない、それは隣にある、ということです。例えば、アクリル製の電球の傘の先に水族館の大型アクリルパネルがあったのでもなく、アクリル製の電球の傘と関係のないところに水族館の大型アクリルパネルがあったのでもありません。水族館の大型アクリルパネルは、アクリル製の電球の傘の隣にあったのです。華真珠も同じで、ダイヤモンド研磨の先にもなく、ダイヤモンド研磨と無関係でもありません。華真珠はダイヤモンド研磨の隣にあったのです。この「自分の立っている隣に」という感覚をお忘れなく。
最後に、卓越した何かを見出すためには、継続と徹底が欠かせません。卓越した何かは今日明日にすぐできあがるものではありません。また、移り気や妥協とも無縁です。コツコツと集中して努力を積み上げる、技術や品質、サービスを一歩一歩高めてゆく、その先に卓越した何かが産まれるのでしょう。
このヒントが皆さんのお役に立つようでしたら、とても幸いです。

C第33話「中小企業と人口減少、そして円安」

中小企業に限らず、あらゆる企業経営は外部環境の変化に晒されています。
しかし、とりわけ中小企業はこうした外部環境の変化に大きく影響されます。
それは、中小企業では規模の大きさで変化の影響を緩和することが難しいからと言えるでしょう。
資産、売上、人材、さまざまな意味で規模の大きい企業は変化によるダメージを緩和することができますが、中小企業ではそうはいきません。例えば、資産の大きな企業であれば多少の赤字も吸収できますが、資産の少ない中小企業では赤字が続けばすぐに債務超過(借金>資産)へ陥ってしまいます。
そうした意味では、中小企業であればあるほど、こうした外部環境の変化に敏感でなければ生きてゆけません。

今の日本で、そしてこれからの日本で中小企業が注意しなければならない外部環境の変化は、第一に人口が減少することです。これは、特に地方ほど強烈に現われます。
既に日本創成会議・人口減少問題検討分科会では、少子化や人口移動に歯止めがかからず、将来に消滅する可能性がある自治体が全国で896にのぼると警告を鳴らしています。子どもの大半を産んでいる20~39歳の女性の数が、今後30年間で5割以下に減れば、次世代の人口が保証できないからです。
こうした変化を前提として、今、日本では地方銀行の統合が進められようとしています。
具体的には、横浜銀行と東日本銀行が、そして肥後銀行と鹿児島銀行が経営統合することになりました。
こうした地方銀行は、これまで都道府県ごとに、それぞれ強固な取引関係を築いてきました。その意味では、都道府県ごとに君臨する豪族のような存在で、とりわけ近接する地方銀行とは強いライバル関係にあったのです。これは、戦国時代に越後の上杉謙信と甲斐の武田信玄が川中島で争ったようなものです。
それが、こうした長年のライバル関係を拭い捨てて一緒になろうというのですから、これは天地が引っくり返るような変化と言えるでしょう。
その背景には、人口減少に伴い、相続によって預金が地方から大都市圏へ流出する動きが激しくなるからです。野村資本市場研究所では、2020年までに東北や四国、九州などの15県では10%以上も預金が減ると予測しています。
預金の量は銀行の命綱のようなもの、企業の資本金のようなお宝です。それがこれからどんどん減るとすれば、これまでのように我が道を行くだけでは生き残れない、ライバルとでも一緒になって規模を大きくしないと、という危機感があるのです。
地方銀行のようなプライドの高い企業でも生き残りのためになりふりかまっていられないほど、人口減少による市場の縮小という外部環境の変化は強烈と言えるでしょう。

中小企業が注意すべき第二の変化は円安です。
2年前と比べて40%も円安が進んでいます(80円台から110円台へ)。
しかも、日本の貿易収支が恒常的な赤字の現状では、この円安が以前のような円高に戻ることは考えにくいでしょう(輸入のためのドル買いが多くなるので)。
そうしますと、かなり長期にわたって円安が続くと思われます。
この円安は中小企業の経営を直撃します。それは、中小企業の経営に欠かせない電気代、燃料費、原材料費などのコストが上昇することを意味するからです。また、中小企業ほど国内市場に縛られていて海外依存度が低いからです(日本とアメリカに同じだけの経営基盤があれば円安円高には中立になれます)。
具体的に考えてみましょう。例えば、中小企業が年間100ℓの重油を消費するとしましょう。重油は輸入するしかありませんが、ℓあたり100ドルだとすれば、2年前は1万ドル=80万円で買えたものが今では1万ドル=110万円かかるということです。
こうした円安に伴う輸入原材料の高騰は、既にさまざまな値上げに現われています。UCCコーヒーは家庭用レギュラーコーヒーを平均25%値上げし、日清食品は「カップヌードル」や「チキンラーメン」の価格を5~8%引き上げ、はごろもフーズは「シーチキン缶詰」を2%~6%値上げするという具合です。
しかも、市場への影響力の大きい大企業であれば、円安に伴うコスト増を値上げで解消することができますが、ほとんどの中小企業ではそうはいきません。値上げはすぐにクライアントや消費者を失うことにつながってしまいます。
そうしますと、多くの中小企業では円安に伴うコスト増を経営努力で解消するしかないのです。それができない中小企業は、舞台から退場を迫られることになります。

こうして見ますと、外部環境の変化は中小企業にマイナスの影響ばかりをもたらすと思われるかもしれません。確かにそうした面が多いのは否めないでしょう。
しかし、「目に見えない変化の予兆がその底流にあって、それが新しい技術やアイディアとして表出する」と前回お伝えしたように、まさに変化を読み取る中からビジネス・チャンスは生まれるのです。
次回から、こうした外部環境の変化の中で、中小企業はどう生き残りの道を探ったらよいのか、そのヒントを三回に分けてご紹介したいと思います。
最初は「卓越すること」です。
次に「海外での活路」です。
最後に「来日外国人の産み出す市場」です。
皆さんが中小企業で活躍するに際して、長期的な生き残りをどこに見出すべきか、ぜひ参考にしていただきたいと思います。