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C第32話「新しい価値の創造②」

それでは、「目に見えない変化の予兆がその底流にあって、それが新しい技術やアイディアとして表出する」段階として、ラストワンマイルへの挑戦を具体的に見てみましょう。
第一の挑戦は、既存の小売業からはじまっています。
それは、オムニチャネル(omni channel)という考え方です。実店舗やネット通販をはじめとするあらゆる販売チャネルや流通チャネルを統合し、そうした統合販売チャネルの構築によってどのような販売チャネルからも同じように商品を購入できる環境を実現することです。
例えば、セブン&アイ・ホールディングスでは全国に約1万6千店あるセブン-イレブンの店舗でネット通販の商品を受け取ることができる仕組みを作ろうとしています。送料がかからず、宅配を嫌う顧客も少なくないため、期待されているサービスですが、例えばそごうや西武百貨店で販売されている銘菓をセブン-イレブンの店頭で受け取ること、eデパート(そごう西武)の商品をセブン-イレブンの店頭で受け取ることなどをはじめるのです。
そして、セブン&アイ・ホールディングスらしいところが、実店舗での接客サービスで顧客の消費意欲を喚起して、それをオムニチャネルで提供するという点にあります。例えば、化粧品では「91%の女性が自分の使っている化粧品に不安を感じている」、「同時にもっと自分に合う化粧品があるのではと考えている」、「今使っているブランドの販売員に気を遣い、ブランド変更に尻込みしている」状況があるそうです。そこで、キレイステーションを実店舗に設置し、専門機器を使って肌状態のチェック、対人カウンセリングとセルフカウンセリングができるようにし、さらに化粧品の旬の情報を発信したところ、ネット端末を使って商品を発注し、セブン-イレブンの店頭で受け取りを希望する顧客が激増したそうです。
まさに、実店舗とネット通販を融合し、それに受け取り拠点としての実店舗を用意することで、ラストワンマイルを克服しようとしているのです。

第二の挑戦は、楽天というネット通販側からはじまっています。楽天はインターネット経由で注文した生鮮食品を自宅まで配送するネットスーパー「楽天マート」を開業し、野菜や海産物、精肉などを販売するほか、楽天市場で取り扱う商品も同時に提供しています。今はまだ関東中心のサービスですが、これまで宅配企業へ外部委託していた物流を自己ブランド化する試みです。
この楽天マートで注文した顧客は「楽天」の2文字がプリントされたユニホームや帽子を身に着ける配達員から商品を受け取ることになります。そうしますと、「楽天」というブランドがより強烈に顧客に植え付けられることになります。また、この物流網が完備されれば、これまで楽天市場の個別店舗からばらばらに配送されていた商品が、楽天マートという共通の物流網に一本化されることではるかに効率的になります。しかも、生鮮食品を注文する顧客は配達日時に間違いなく在宅する確率が高いため、不在時配達の無駄を省く効果もあるそうです。

第三の挑戦は、他ならぬ宅配企業側からはじまっています。
それはヤマト運輸がはじめたチーム宅配という新しい物流の仕組みです。宅配では一般的に一人のセールスドライバー(SD)が一つのエリアを担当する、という仕組みで動いています。しかし、これでは肌理の細かい配達に限界があります。
そこで、地域の主婦などの女性を中心としたフィールドキャスト(FC)と呼ばれるスタッフとチームを組んで配達するようにしたのです。あらかじめ決められた時間、駐車場所にSDが運転する集配車が停車します。そこへ待機しているFCとドッキングして順次、荷物を各自、台車や自転車で荷物を配達するのです。SDも入れて3人のFCと組めば時間効率が4分の1に短縮、4倍のスピードで配達されることになります。そのエリアの配達が終了すればバス停方式でSDが次へ移動、そこにもFCが待機しているという仕組みです。
宅配便の不在率は朝10時を過ぎると一気に上昇すると言われていますが、チーム集配ではほとんどの荷物を朝10時までに配達先に届けることが可能になるそうです。

第四の挑戦は、アメリカではじまっています。
他でもないアマゾンによる無人飛行機です。アマゾンと言えば世界有数のネット通販企業ですが、なんと全地球測位システム(GPS)を備えた小型の無人飛行機を飛ばし、商品を顧客の自宅にすばやく届けられる仕組みを今後5年以内に整えるというのです。
いかにもアメリカらしい発想で、物流における人手を最少にまで抑えようという、まさにイノベーションらしい挑戦です。
もっとも日本では関係法規をどうクリアするのか、という、それ以前の問題がありますので、そう簡単ではないでしょう。

いずれにせよ、ご覧いただいたように、同じラストワンマイルという消費動向の変化に対応した挑戦を、小売業、ネット通販、宅配企業、外資というそれぞれの立場からはじめている状況がおわかりいただけると思います。
こうした挑戦は、企業規模の大小ではなく、「目に見えない変化の予兆がその底流にあって、それが新しい技術やアイディアとして表出する」段階を読み取る目があれば可能なのではないでしょうか。

C第31話「新しい価値の創造①」

現代社会において企業はイノベーションできるかどうかが問われている、とはよく聞く話です。
イノベーションできなければ企業は社会の変化に埋没してしまう、という言い方もされます。
イノベーション(innovation)は、一般的に「新しい技術やアイディアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革」とされています。
しかし、そうした変化は新しい技術やアイディアが産み出すものではありますが、同時に目に見えない変化の予兆がその底流にあって、それが新しい技術やアイディアとして表出するとも言えます。
要するに、どちらが先かは鶏と卵のようなものであって、現実社会で起きようとしている変化と、新しい技術やアイディアは双生児のようなものです。

それはさておき、中小企業がこうしたイノベーションの中に入っていく際に注意すべきことは何でしょうか。
それは、こうした変化を考える際に、ものやサービスの出し手からの視線だけではなく、ものやサービスの受け手の視線を持つことと言えます。
例えば、一橋大学の延岡健太郎教授は「イノベーションとは、経済的な付加価値を新たに創出することだと考えています。ただし、安価な原材料を使って高額な商品を作り出せば、付加価値が高いというわけではありません。その商品を使う消費者や顧客企業が本当に喜ぶ価値を創出しなければならないのです。こうした価値を“顧客価値”と呼んでいますが、ほかでは得られないような顧客価値を創出することが、イノベーションの源泉となるのです。顧客価値は、大きく二つに分けられます。“機能的価値”と“意味的価値”の二つです。
機能的価値とは、機能やスペックに基づいた価値で、客観的な評価軸が定まっていることが特徴です。数字で表現できる機能的価値は、過当競争が起こりやすく、企業は価格・コスト競争に巻き込まれてしまいます。一方の意味的価値というのは、顧客が主観的に、あるいは現場の中で意味づける価値です。これには、普遍的な評価軸はありません。(nikkei BP net)」と言っていますが、ここでの意味的価値がまさしく受け手の視線から産まれると考えてよいでしょう。
また、延岡教授は「意味的価値の源泉は“顧客の主観的な意味づけ”です。顧客の深層に潜む、潜在的な価値基準を探し出さなければなりません。このためには、顧客が消費者であろうと、企業であろうと、自社の商品が使われる現場を熟知することが必要です。そして、顧客との“共創”関係の中から、顧客自身も気づいていない“顧客が本当に喜ぶ価値”を見いだせるようにならなければなりません。(nikkei BP net)」とも言っていますが、これも同様に顧客=受け手の重要性を伝えていますし、さらに、そうした価値の発見は出し手と受け手の相互作用から産まれるとも言っているのです。
このように、中小企業がイノベーションに挑戦する際、第一に提供しようとするものやサービスを受け取る顧客の視線を持つこと、第二に顧客との相互作用の中から新しい価値を産み出すこと、この二つの重要性がおわかりいただけると思います。

さて、それでは具体的な事例から、私たちの身の周りで起こっている変化を見てみましょう。
それは、ラストワンマイルです。即ち、幹線網から家庭まで伸びる最後の細道1マイルの物流のことです。
皆さんもご承知のように、ネット通販に代表される消費者向け電子商取引(EC)は16兆円という市場規模に成長しています。これは、コンビニの6兆円や百貨店の8兆円をはるかに超え、スーパーの20兆円に近づく巨大市場となっているのです。
しかし、このECの世界で待ち望まれている変化は、ラストワンマイルをどう解決するか、ということです。
現状ではそれは宅配企業(ヤマト運輸が42.2%のシェア)へ外部委託されているのですが、それには満足できない流れがはじまっていると言えます。
伝統的な小売業では、このラストワンマイルは顧客に無料で担っていただいた訳です(持ち帰りとして)。しかし、それを望まない顧客も拡大しています。日常的に買い物をしないで、すべてをネット通販と宅配で済ます消費者ももう珍しくないからです。
また、現状の宅配が便利で格安か、と言われれば、不在の問題や千円近い配送料など、必ずしも十分とは言えず、潜在的な不満は残されています。

こうした状況こそがまさに「目に見えない変化の予兆がその底流にあって、それが新しい技術やアイディアとして表出する」段階だと言えるのではないでしょうか。
それでは、こうした変化にどう挑もうとしているのかを、次回は具体的な企業活動から見取っていきたいと思います。

F第30話「会社を選ぶ②」

前回は会社の人事・労務制度という観点から会社を選んでみる、という入り口をご紹介しました。
今回はまた別の観点を見てみたいと思います。

その第一は、自分が好きな商品やサービスという観点で考えてみることです。
例えば、自分は旅行が好きだ、としましょう。そうなると旅行という切り口で考えれば、直接的に旅行代理店という選択もあります。あるいはホテルや旅館、お土産品といった観光業も選択肢に入ります。あるいは鉄道や航空会社などの運輸業が選択肢になるかもしれません。あるいは、観光サイトなどを手掛けるIT企業も選択の幅に入るでしょう。あるいは、特産品や土産品の開発という切り口もあるかもしれません。
例えば、自分は食べるのが好きだ、としましょう。そうしますと板前さんやコックさんという選択が考えられます。しかし、なかなか専門職を選ぶのは後述するように勇気がいるもの。そうなりますと、外食産業、レストランなどの飲食業は選択肢になります。また、食材そのものを作ることも選択肢に入ります。これは農林業や水産業のような第一次産業から、その加工や付加価値化、あるいは冷凍食品のようなものまで実に幅広いでしょう。さらに、食と健康というところまで来れば、タニタのようなヘルス産業までその中に入るかもしれません。
このように、自分が好きなものという観点で考えてみますと、いろいろと選択肢が出てくるのではないかと思うのです。
もちろん、「本当に好きなもの」という突き詰めたところまで行くのは大変でしょうが(天職という意味です)、好きだということは少なくとも嫌いだということではありません。
嫌いなことを選ぶ必然性はあまりないでしょうし、嫌いなことを無理にするのもどうかと思いますので、好きだという観点は決して悪い基準ではないのです。
ちなみに佐久間陽一郎氏の「幸せな仕事人になるためのキャリア・デザイン・ハンドブック(http://www.pref.fukushima.lg.jp/uploaded/attachment/34132.pdf)」にはこう書いてあります。
「好きなことを仕事にすれば良いのです。しかしこれがまた難しい。果たして自分は何が好きなのか、これが分からないのです。(中略)しかしここでは余り考えすぎない方が良いでしょう。人は、特に凡庸なる者は、好きなことがはっきりしていないかわり、嫌いなこともはっきりしていないのです。良くいえば、フレキシビリティーが高い、柔軟性に富むということです。好きかどうかははっきりしないが、少なくとも嫌いではない仕事の中からどれかを選び、それに専念するのです。」
そう考えますと、好きだとわかっていることは大きな前進です。
第二の観点は、その会社が成長しているかどうかです。
一般的に成長している企業には勢いがあります。勢いは求心力を生みます。求心力は働きやすさや働きがいにつながっている可能性があります。
しかし、どうしたらそれがわかるのか、という疑問があるでしょう。
会社の成長を判断する一番適当な方法は決算書です。
決算書を三期から五期くらい見れば、売上高や利益の推移は簡単に見て取れます。また、大企業であれば決算書の公開は義務付けられていますし(上場していれば)、中小企業であってもまともな会社であれば決算書を見ることはできるはずです。逆に決算書を隠しているような会社であれば、どこかおかしいと考えてもよいでしょう。
また、社会に出る際に少なくとも決算書(損益計算書と貸借対照表)の概要程度は理解できるようにしてください。そんなに難しい話ではなく、簿記や経理の初歩の初歩ですので。

最後にどういった職種を希望するのか、ということです。この選択をする方もかなり多いでしょう。
例えば、研究をしたいのであれば研究職、経営に携わるような幹部を目指すのであれば総合職、物売りでバリバリというのであれば営業職や販売職、という選択です。
しかし、ここで考えていただきたいのは、狭い入口を選べば、入社してうまくゆかないときは逃げ道がない、ということです。とりわけ公務員がその典型ですが、最初の入り口で専門職を選べば、途中で方針転換は難しいもの。逆に広い入口を選べば、選択肢は豊富に用意されている、ということです。
また、多くの会社では最初から職種を固定するのではなく(新卒の場合は)、いくつかの職種を経験させてから、最終的に職種を決める、という人事もよく行われています。
ですので、広い入口から入って、いくつかの職種を経験する中から、本当に自分のやりたい職種を決めて、そのために必要な知識やスキルを身に付ける、という道筋が無難かもしれません。

いかがでしょうか、まずは自分の好きなもの(少なくても嫌いではないもの)という観点から会社を見てみる、会社が成長しているかどうかを調べてみる、希望する職種で考えてみる、という三つの観点はそれぞれに参考になることがあるのではないでしょうか。

F第29話「会社を選ぶ①」

皆さんがこれから社会に出る際、どういった基準で会社を選んだらよいのか、ということについては、昨年度もさまざまな角度からお話してきました。その会社の価値観やビジョンの問題、経営者を知ることの重要さ、ブラック企業を選ばないコツなど、おそらくいろんな入り方があると思います。
今回は、日本経済新聞が毎年行っている「人を活かす会社」調査からヒントを差し上げたいと思います。

この調査は全国の大企業1,628社に人事・労務制度を問い合わせ、全国の会社員約1万3千人に重視しているポイントを尋ね、それをあわせて大企業をランキングで現わすものです。
例えば、今年の総合ランキングでは、第1位がSCSK(住友商事グループのシステムインテグレーター、CSKを吸収合併)、第2位が富士フィルム、第3位が日立製作所、第4位がサントリー、第5位が東芝、という具合に並びます。

注目していただきたいのは、人事・労務制度の中身です。
会社員が重視しているポイントは、次のような順番になっています。
1 休暇の取りやすさ 48.05%
2 労働時間の適正さ 42.42%
3 労働災害の予防・ケアの確立 35.21%
4 セクハラ・パワハラを防ぐための対策の有無 34.91%
5 雇用の維持 34.61%
6 メンタルヘルス不調の予防とケア 34.46%
7 メンタルヘルスに関しての報告・連絡体制の整備 34.46%
8 社員の勤続年数の長さ 31.91%
9 休職後の早期復帰を支援する施策の有無 31.83%
10 残業が常態化していない 31.76%
11 育児休業制度の利用しやすい環境 30.86%
12 乳幼児を抱えても仕事を継続しやすい環境 28.75%
13 子供が就学後も仕事を継続しやすい環境 28.15%
14 育児看護休暇を取得しやすい環境 27.55%
15 人事考課の評価基準公開の有無 26.43%
15 目標設定の仕組み 26.43%
17 評価結果・目標達成度フィードバックの有無 25.60%
18 介護休業制度を利用しやすい環境 25.30%
18 経営トップによる経営ビジョンの共有 25.30%
20 育児フレックスタイム制度の有無 24.70%

いかがでしょうか、働きやすい環境を具体的に現わすと上記のようなことになるのでしょう。こうした観点で自分が希望する会社はどうなのかを見てみることも重要ではないでしょうか。

一方、そうした会社員の視点を織り込んだ評価項目は以下のとおりです。
①雇用・キャリア
②ダイバーシティ経営
③職場環境・コミュニケーション
④育児・介護
といったもので、高い評価を得ている会社の特徴は次のようなものです。
SCSK:残業を減らす目標の達成度にあわせて報奨金を支給。在宅勤務制度も充実。
富士フィルム:役職ごとに人事部との対話会を開いて、働き方の見直しをきめ細かく対応。
日立製作所:育児休業が小学生まで対象。子育てのための短時間勤務制度を設定。
東芝:残業時間を本人と上司にリアルタイムで通知して削減。15分単位で有休取得。

このように見てきますと、働く側では休暇や労働時間の適正な運用、あるいは勤続年数や雇用の維持といった安定性、あるいは評価結果・目標達成度フィードバックや経営トップによる経営ビジョンの共有といった経営の透明性が重視されています。
また、会社側でもそういった動向にあわせて柔軟に社内の体制を変えていこうという流れが見えてきます。
こうした傾向は求人に苦戦する中小企業ではさらに強く求められます。単なる売上や利益の追求にのみ力を注ぐのではなく、企業の根幹は人材である、という原点に立ち返って、人を活かすこと、働きやすさを実現することが結果として中小企業を成長させるのではないでしょうか。

ちなみに厚生労働省でも同じような観点から「中小企業における働きやすい・働きがいのある職場づくり」を進めようとしています。
以下のサイトで具体的な施策を取り上げていますので、参考にされるのもよろしいと思います。
~働きやすい・働きがいのある職場づくりサイト~
http://www.mhlw.go.jp/chushoukigyou_kaizen/investigation/index.html
特に、このリーフレットは簡便でわかりやすいです。
<リーフレット>目指しませんか?働きやすい・働きがいのある職場づくり
ポイントを上げると次のようなものです。
★「働きがい」意識を高めるうえで効果のある雇用管理の例
1 仕事の意義や重要性を説明する
2 従業員の意見を経営計画に反映する
3 本人の希望をできるだけ尊重して配置する
4 希望に応じてスキルや知識が身に付く研修を実施する
5 提案制度などで従業員の意見を聞く
★「働きやすさ」意識を高めるうえで効果のある雇用管理の例
1 希望に応じてスキルや知識が身に付く研修を実施する
2 本人の希望をできるだけ尊重して配置する
3 提案制度などで従業員の意見を聞く
4 従業員の意見を経営計画に反映する
5 経営情報を従業員に開示する
いかがでしょうか、当たり前と言えば当たり前、しかし実行するのはなかなか難しいのではないでしょうか。
こういう考え方を持っている中小企業を選びたいものです。

F第28話「チェンジオブペース」

“ほんまもん”を目指し、準備(仕込み)にも手を抜かず、目標もきちんと背丈の5cm上に設定し、さあ、中小企業で求められる“自立型人材”を目指すにはこれで大丈夫だろうと思うかもしれません。
しかし、人間は時としてどうにも身動きがつかなくなることがあります。
それは、人間はどうしても自分を取り巻く外部環境に影響されるからです。
ですので、本人が望むと望まざるとに関わらず、そういう状況に陥ることは避けられません。
突如として、とんでもない場面に向き合うことになる、それが生きることの難しさの一つでもあるのでしょう。
これは人生論としてだけではなく、外部環境に左右されやすい中小企業において起こりがちな試練でもあります。

ドラッカーは、「私たちを取り巻く環境は常に変化する。それは表面的にはなかなか見えないものだ。しかし、そうした変化はチャンスでもある。」と言っています。
固定的な環境というものが存在しない以上、常に外部環境は変化し続けています。
しかし、私たちは固定的な環境を好みます。
そこに安定を見出したいからです。
安定した取引先、安定したお客さま、安定した市場、ところが突然の金融危機で取引先もお客さまも市場も失う、そういう事件は往々にして発生してしまいます。

こうした予測せざる状況に陥ったとき、私たちはどう身を処するべきでしょうか。
筆者はそういった状況を「切所(せっしょ)」と呼んでいます。
登山をすると、見晴らしのよい稜線に出る直前、とんでもなくきつい登り坂が待ち受けています。
これを乗り切らなければ、頂上は極められません。
ですので、そういった切所にぶつかったら、ここは一番、腹を決めて、自分が今持っている全力を投入するしかありません。
寝ている暇はありません。
休んでいる暇などないのです。

しかし、それだけ頑張ってもどうにも乗り切れないときもあります。
そういったときは、ぜひ思い出して欲しいのがチェンジオブペース(change of pace)です。
やり方を変えてみましょう。
方向を変えてみましょう。
少し変わったことをしてみましょう。
そうすると、自分を取り巻く外部環境が微妙に変化してくれることがあるのです。
風向きが変わる、とも言いますが、同じことをしているとどんどん袋小路に入り込むばかり。
それよりは、チェンジオブペースです。
ドラッカーも「変化はチャンスでもある」と言っているのですから。

見晴らしのよい稜線に出る直前、とんでもなくきつい登り坂が待ち受けていて、どう頑張ってみても越えられない。
そうしたときは、ここで登山を諦めるのも一つの選択肢です。
違う登山道がないかどうか、探すのも一つの選択肢です。
体調を整えて再挑戦するのも一つの選択肢です。
そうできなければ、これは玉砕するしか方法がありません。
ちょうど、第24話でご紹介したフォードのエドセルのように、です。
しかし、中小企業が生き残り、成長するためには、そして、その中で活躍する“自立型人材”にとっては玉砕する選択はありえません。
ですので、そうした際はチェンジオブペース、この柔軟性もまた“自立型人材”には欠かせない能力と言えるでしょう。

いかがでしょうか、中小企業で求められる「“自立型人材”とは、自分で PDCA (Plan-Do-Check-Action:計画-実行-評価-改善)というサイクルで仕事を進められる、自分自身の考えを確立しているという人材である。」という課題を解く糸口は見つけられたでしょうか。
ぜひ、“ほんまもん”、準備、背伸び、チェンジオブペースというヒントを思い出していただきたいと思います。

F第27話「背伸びをする」

中小企業で活躍する“自立型人材”を目指すうえで、“ほんまもん”であること、準備(仕込み)をすることの重要性を今月はお伝えしてきました。
もう一つの重要なことは背伸びをすることです。

「柱の傷はおととしの五月五日の背比べ」という童謡がありました。
背比べをするのは成長している証です。
皆さんも背比べの際に、ほんの少しだけ背伸びをしてみませんでしたか。
一日でも早く大きくなりたいという子供心が、背伸びを誘うのです。

それとまったく同じで、私たちも背伸びをすることが大切です。
それが成長のエネルギーを作るのです。
背伸びをせずに、猫背になれば、その先の成長はありません。
背の高い人が猫背になりがちなのは、もうこれ以上は大きくなりたくない、という深層心理の現れなのかもしれません。

さて、ではどう背伸びをするか、です。
ジャック・ウェルチという20世紀を代表する経営者(GE、ゼネラル・エレクトリック)がうまいことを言っています。
「最初に、仕事でも家庭のことでもかまわないから、現実的な目標を立てる。
この目標は達成可能なハードルの低いものにしておくこと。最初に期待を膨らませすぎてはいけない。
その目標を達成すると、いい気分になる。そうなるはずだ。
次に、もう少しだけ大きな目標を立てる。
少し大胆で、ちょっと努力が必要なくらいがベストだ。その目標を達成するともっといい気分になる。
こうした具合に、ゆっくりと、しかし着実に前進し、一歩ずつ自信を築いていく。」
出典)ジャック・ウェルチほか著「私なら、こうする!」
2007年4月20日、日本経済新聞出版社

いかがでしょうか。
背伸びをする際のコツは、自分の背丈(現状)の5cm上に目標を設定することです。
何か新しいことに挑戦する。
前向きに与えられた課題へ取り組む。
自分の弱点を見つめ直してみる。
反省を形に示す。
苦手な人に自分からあいさつをする。
会議ではいつもより前の席に座る。

ただし、それはできそうもないことではいけません。
高望みは高転びしかねません。
くじけた際のダメージが大きすぎます。
どんなに努力を積み重ねても、何の成果も出ないようではやる気がうせてしまいます。

当然のことですが、現状維持では背伸びをする意味がありません。
成長にはある程度の負荷を自分にかける必要があるのです。
ちょうど、フィジカルなトレーニングが体にきついのと同じように、メンタルなトレーニングは心にきついのです。
ですので、ほんの少し上の目標を、そして日々の努力を、というのが背伸び(成長)のポイントでしょう。
ましてや中小企業にとっての現状維持は往々にして緩慢なる死を意味するのですから、それを支える“自立型人材”に背伸び(成長)が求められるのは当然のことです。

F第26話「準備する」

「“自立型人材”とは、自分で PDCA (Plan-Do-Check-Action:計画-実行-評価-改善)というサイクルで仕事を進められる、自分自身の考えを確立しているという人材である。」という視点で、中小企業で必要とされる人材像を考えてみたいと思います。
その際にぜひご記憶いただきたいのが、「準備する」という行動の大切さです。

皆さんは居酒屋さんとか、定食屋さんとか、いわゆる飲食系のお店に行かれる機会も少なくないと思います。
しかし、皆さんはお店の本当の勝負は皆さんがいない時間にある、ということをご存知でしょうか。

その作業が、いわゆる「仕込み(しこみ)」と言われるものです。
わかりやすくお伝えすれば、料理の下処理です。
野菜を洗って切りそろえる。出汁をとる。お魚を昆布締めにする。煮物を煮込む。お米をとぐ。器を選んで揃える。実にいろんな作業があります。
この仕込みが実に大変なのです。
夕方お店を開けるとすれば、やはり昼ごろには仕込みはじめていると考えてよいでしょう。

この手間暇をできるだけカットしたのが、いわゆるフランチャイズのチェーン店です。
ほとんど加熱するだけ、盛り付けるだけ、という段階まで下処理された加工品が店に運び込まれ、あとは素人同然のアルバイトでもできるような処理をすればOKです。
それもタイや中国の工場で作られたものが冷凍で日本へ送られてくる、それをレンジでチン、このメカニズムで異様に安い値段で料理を出せるのが彼らのビジネスモデルだからです。

その是非はさておき、お客さまとしてはどことなく味気ない想いをするのではないでしょうか。たまには手料理を食べてみたい、とでも。
さて、「料理のこつ」などというと料理人のようですが、独り暮らしで料理に勤しむ筆者からすると、料理の基本は仕込みである、と思うのです。
確かに高価な材料を使えば美味しくなります。
手際よく調理することも重要です。
しかし、材料よりも調理よりも、仕込みに時間をかけて、手を抜かないのが大切だとお料理から教わりました。

私たちはさまざまなミッションに直面します。
とりわけ中小企業ではなおさらです。
新しい仕事、新しい企画、職場の立て直し、実に多様なものがあるはずです。
しかし、そうしたミッションは「気持ち」だけではなかなかうまくゆきません。
何よりもミッションに取り掛かる前の準備が欠かせないのです。
やっつけ仕事や急ぎ仕事がうまくゆくのは実に稀で、それは単なる偶然でしかありません。
「勝ちに不思議な勝ちあり、敗けに不思議な敗けなし」というのは野村監督の名言です。
相手が勝手にこけて勝つことはままあります。
しかし、自分の準備がいい加減であれば、まずは敗けると相場が決まっているのです。

何かに挑戦しようとする人は、これを忘れてはいけません。
「どんなに悪い事例とされていることでも、それがはじめられたそもそもの動機は、善意によったものであった」、これはジュリアス・シーザーの名言です。
どんなに善意からはじまったことであっても、それが思い込みであり、準備不足であれば、その結果は悪いものになってしまうのです。
居酒屋さんとか、定食屋さんとかのオーナーのように、日々準備万端、仕込みに手を抜かず、心を籠めることでその日のお客さまの満足を得ることができるのですから。
皆さんも中小企業で活躍する際には、日々準備万端、手を抜かず、心を籠めて準備する、その大切さを思い起こしてください。

F第25話「ほんまもん」

中小企業で活躍するために重要な要素の一つに“自立性”が上げられます。
例えば、日本経済団体連合会が発表した「中小企業の人材確保と育成について」の中でも「従業員一人ひとりが企業の命運を左右する度合いが大企業に比べてはるかに高い中小企業には、いわゆる“自立型人材”がとりわけ求められる。“自立型人材”とは、自分で PDCA (Plan-Do-Check-Action:計画-実行-評価-改善)というサイクルで仕事を進められる、自分自身の考えを確立しているという人材である。このような能力は決して天賦のものではなく、本人の自覚と努力次第で十分獲得可能である。中小企業は大企業のように仕事が細分化されていないことが多く、人材一人ひとりがさまざまな仕事をこなし、経営環境に柔軟に対応していかなければならない。よって、“自立型人材”の必要性は、大企業以上に喫緊かつ深刻な問題である。」と指摘しています。

そこで、今月は“自立型人材”を目指すうえで考えていただきたいポイントを四つお伝えしたいと思います。
それが“ほんまもん”であり、準備であり、背伸びであり、チェンジオブペースということです。

さて、京都ではよく“ほんまもん”という言い方をします。
偽物やまがい物ではないこと、キッチュ(みせかけ)や受け売りではないこと、深いところに根ざしていること、粗雑ではないこと、いろいろな解釈があるでしょうが、皆さんもそれなりにご自分で類推し、記憶していただきたいと思います。
いずれ、この言葉の持つ重さに気付く場面があるでしょう。

さて、ボルドー・ワインと言えば、フランスの赤ワインの名産地。フランス南西部のアキテーヌ地方で作られ、厳格な格付けでも有名です。
このボルドー・ワインが近年高騰しました。
皆さんのご想像のとおり、中国マネーの流入が原因です。
「中国のある億万長者が、イギリスで開催されたアンティーク・ワイン・カンパニー主催のオークションで、27本の赤ワインを50万ドル(およそ5千万円)で落札した。すべてがロマネ・コンティで、1978年ヴィンテージが12本、1961年、1966年、1996年、2003年ヴィンテージを2本ずつ、1981年、1990年、1992年、1995年、1999年、2001年、2002年ヴィンテージをそれぞれ1本ずつ購入。」という感じです。

ワインは本来呑むものです。
飾っておくだけのワインなど、もはや酒とは言えません。
しかし、巨額な中国マネーの流入はボルドー・ワインをマネーゲームの道具に変えてしまいました。
そして、国際市場では偽物ワインが横行し、空き瓶やラベルにも高値がつくという異常事態になってしまい、結果としてワイン市場は大暴落して、ボルドー・ワインの信用は失われてしまったのです。

このようにそのものが本来持つべき価値や意味を見失い、何かしらのパワーを借りて存在を守るようになってはおしまいです。
こういう状態は「“ほんまもん”でない=どこかおかしい」のです。
しかし、私たちは往々にしてそうなりがちです。

例えば、何かしらの企画書を作るとしましょう。
他人の評価を気にして、ついつい賢そうに見えるように書きたがるもの。
生半可に誰か専門家の使っている言葉、カタカナ、用語、解釈などを、いかにも知っているようなふりをして使ってしまうもの。
こうなっては「“ほんまもん”でない=偽物」のです。

確かに、生の自分をさらけ出すのはなかなかできません。
自分の欠点や未熟さ、愚かさや知識の浅さなどはできれば隠したいものです。
そこで、言葉による厚化粧に頼る。
しかし、どんなにうまくカモフラージュしてもいつかはばれます。
ばれたときの落差は、生の自分をさらけ出したときの落差よりもはるかに大きいのです。
期待値を高めれば高めるほど、それが覆されたとき、裏切られたとき、二重のダメージが押し寄せます。

もっともだからと言って露悪的になることはありません。
無意味な謙遜は、それこそ慇懃無礼(いんぎんぶれい)です。
意識的に、あるいは無意識的に偽物になることもなく、かといって行き過ぎた自己嫌悪に陥ることもなく、あるがままにふるまえれば、それこそ最高です。
最高だということは、なかなかそうはなれないということでもありますが、女性の通常のお化粧程度のカモフラージュは許されると考えましょう。
それを前提として、皆さんも自分の言動が“ほんまもん”と言えるのかどうか、自問自答されるのも悪くはないでしょう。
そうした中から中小企業で必要とされる“自立型人材”の姿が見えてくるのではないでしょうか。