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C「読者からの質問31~経営者を育てる~」

Q:「中小企業や小規模事業者の経営の実態、今後の経営目標、そのための経営計画、あるいは雇用や福利厚生面での待遇、社内の意思決定をはじめとするシステム」といった説明責任のお話で、中小企業や小規模事業者の人材不足を問題点と挙げていますが、こういった説明責任面での可視化の問題だけでなく、人の問題である「人材育成」面でも日本は有能な経営者が育っていないのではないでしょうか?もしくは、現在の環境では経営者が育ちにくいビジネスの土壌となっているのか、または「事業」を作り出す人間が生まれにくいのか、経営者を育てるという「人材育成」面での内容のご意見もよろしくお願いいたします。
A:経営者の仕事がいかに大変かは第132話「読者からの質問⑱~経営のプロフェッショナル~」でお伝えをいたしましたが、その中で「ただし、経営者にはどうしても使わなければならないコンピテンシーがあります。それは、管理能力クラスターに位置づけられるリーダーシップ、チームワーク、強制力、育成力のいずれかのコンピテンシーです。このどれかを使わないと組織は動かせません。また、経営は人を使うものだという前提から、権力動機もないと苦労しそうです。」ともお伝えをいたしました。
では、どうして「日本は有能な経営者が育っていないのでは」となるのでしょうか。
そこには社会的動機と管理能力クラスターが密接に関係していると筆者は考えています。
まず、多くの経営者は権力動機が強いものです(中小企業や小規模事業者で創業世代の場合はなおさら)。逆に権力動機の弱い二代目や三代目の経営者は、会社経営に躓くことが多いようです。従って、中小企業や小規模事業者の経営者にとって、権力動機はある種不可欠の要素と言ってもよろしいでしょう。
しかし、この権力動機をうまく成長させるには、かなりの努力が必要です。権力動機は放置しておきますと、駄々っ子状態に育ってしまい、とても扱いに困ることになるのです。例えば、「下のものの意見は聞かない」「自分の命令には絶対服従を求める」「自分の知らない事柄はすべて否定する」、とまあ枚挙に暇がありません。これでは、「有能な経営者」とは言い難いでしょう。
では、どうやって権力動機をうまく成長させられるかとなりますと、何よりも大切なものは経営者がメンター(「良き指導者」「優れた助言者」「恩師」、自分自身の手本となり助言・指導をしてくれる人材)に恵まれるかどうかです。しかし、多くの場合、有能な経営者には時間的な余裕がありませんから、そう簡単にはメンターになってくれません。そうして経営者はなかなかメンターに恵まれず、結果して成長するきっかけを掴めない傾向にあります。
筆者は数多くの経営者にお会いしていますが、成長されようとする経営者の方は一様にそうしたメンターをお求めで、例えば稲盛和夫さん(京セラ創業者)の盛和塾に入会したり、地元で尊敬できる経営者に私淑したり、高名な経営コンサルタントの指導を受けたり、なかなかご苦労をされているようです。ですので、地域的に経営者を育てるメンターシステムを整えると有効かもしれません。
また、管理能力クラスターに位置づけられるリーダーシップ、チームワーク、強制力、育成力のうち、権力動機の強い方はリーダーシップや強制力がお得意で、ついついそれに頼る傾向にあります。しかし、人の問題である「人材育成」面を考えますと、チームワークや育成力が有効に働きますので、そういう意味では権力動機の強い経営者と、中小企業や諸規模事業者における「人材育成」面とのミスマッチがまま生じると言えるかもしれません。
「現在の環境では経営者が育ちにくいビジネスの土壌となっているのか、または事業を作り出す人間が生まれにくいのか」というご質問へのお答えにはなっていませんが、筆者はそうした外的環境の問題よりも、経営者の内在的な問題に多くの興味を抱いていることにご理解をいただきたいと思います。

F「読者からの質問30~ツーバイツー(2X2)マトリックス~」

Q:第68話「読者からの質問①~何か他人と違うことをしないと駄目なのか~」を拝見しました。質問ご回答ありがとうございます。二面性(何かを経験することと、多くの人が薦める名著を読むこと)ですね。また、こちらの二つのバランスですね。「ただ名著を模倣せず、ただ闇雲に行動せず」を心にとどめておきたいと思います。まさしく「本を読め、人に会え、そして旅をしろ」ですね!そして日々勉強です。
A:筆者の回答が不要なほどの理解ですので、何も付け加えることはありません。
一つ、プレゼンテーション・スキルでお伝えしたかったツーバイツー(2X2)マトリックスという考え方をご紹介したいと思います。
これは、正方形を四分割した図形モデルで(ですので2×2になります)、その縦横に異なる評価軸を設定し、二つの基準から対象を区分するという手法です。
ちょっと具体的にやってみましょう。
社員の評価をする際に、この図形モデルを使ってみます。
まず、縦方向に「業績」という評価軸を設けます。そうしますと、上は「業績を上げている」で、下は「業績を上げていない」となります。
次に、横方向に「潜在能力」という評価軸を設けます。そうしますと、右は「潜在能力が高い」で、左は「潜在能力が低い」となります。
これをあわせますと、上右は「業績を上げていて潜在能力も高い社員」、上左は「業績を上げているが潜在能力は低い社員」、下右は「業績を上げていないが潜在能力が高い社員」、下左は「業績を上げておらず潜在能力も低い社員」と四つの類型に社員は区分されます。
この類型ごとにあだなを考えてみますと、上右の「業績を上げていて潜在能力も高い社員」は「花形(Stars)」、上左の「業績を上げているが潜在能力は低い社員」は「馬車馬(Workforces)」、下右の「業績を上げていないが潜在能力が高い社員」は「問題児(Problem Employees)」、下左の「業績を上げておらず潜在能力も低い社員」は「枯れ木(Deadwood)」とでも名付けましょうか。
いかがですか、一つの評価軸、例えば業績だけで社員を評価するよりも、そこに潜在能力という評価軸を加えることで、社員の見極めがより鮮明になったのではないでしょうか。同じように、何かを経験することと、多くの人が薦める名著を読むことという二つの行動指針を持つことで、「経験したということで満足するのではなく、その一つ一つの行動や現象から、共通する要素(共通項)を見つけ体感することが、どのような変化の時代が来ても対応できる人間になれるのではないでしょうか。」というお考えに近づけているのではないでしょうか。
なお、先ほどの社員の評価にはオチがありまして、この四類型の社員のうち、どこに研修コストを投入すべきか、という例題がついているのです。皆さんはどこに研修を投資しますか、花形?馬車馬?問題児?枯れ木?いかがでしょうか。
正解は、問題児です。なぜならば、花形は今のままで十分会社に貢献していますし、馬車馬は潜在能力が低いので研修の成果を期待できませんし、枯れ木は研修以前に解雇の方策を探るべきでしょうし、という理由だそうです。

C「読者からの質問29~オリンピックと過剰流動性~」

Q:過剰流動性の件ですが、自分も心配です。これからオリンピックブームで7年間は少なくとも東京にはひたすら工事が続き、何かしら理由を付けてお金が集まり浮かれる7年間になるでしょうが、どうしても不安感はぬぐえません。
A:ちょうど、つい先日オリンピックも東京に決まり、第146話「2020東京オリンピックと企業経営」でもその話をしたところでした。
さて、過剰流動性、それがバブルを引き起こすことは皆さん既にご承知です。そして、アベノミクスの一つの危険性がそこにあることもご承知です。
しかし、一方ではそう大きな危機感を持たずによい、という意見もあります。
今回はそういった意見を持つリフレ派の人たちの考え方をご紹介し、ものごとの見方にはさまざまな立場や考え方のあることにご認識をいただきたいと思います。
リフレ派とは、日本が長らく陥っているデフレ不況を脱するために、量的緩和や日銀の国債引受、ゼロ金利政策の継続など、インフレ目標値を設定した上でのさまざまなマクロ経済政策を推奨する立場に立つことで(これをリフレーション政策と言います)、日銀副総裁の岩田規久男さん、内閣官房参与の浜田宏一さん、同じく内閣官房参与の本田悦朗さんなどが代表です。こうして見ますと、安倍政権の経済政策のブレーンはほとんどリフレ派で、彼らがアベノミクスを進めているということですから、当然、アベノミクスがバブルを引き起こすという危機感を持たずによい、と主張することになります。
その根拠は、第一に今のデフレ状態を修正しないと、日本経済の浮上はあり得ないのだから、バブルという副作用があるにせよないにせよ、デフレ解消を最優先すべきだ、というものです。確かに、21世紀に入ってからのデフレ(ものの値段が下がる状態)は異常とも言えましたので、これが修正されることは悪くなさそうです。しかし、デフレがなおって、薬が効き過ぎてバブルになる恐れはないのでしょうか。
これに対しては、第二に主張するのが学習効果です。バブルはある意味では資本主義経済の宿命のようなものですから、これを根絶することは不可能ですし、すべての面でバブルが悪い訳でもありません。ですから、行き過ぎたバブルをコントロールする仕組みを準備することで、バブルの悪い面を抑えることができるし、それは前回のバブルで十分学んだので、有効な対策を打てる、ということです。具体的には、キャピタルゲインへの課税(金やもののころがしでの利益に課税する)、大規模な投資減税(資金を投機から投資へ向ける)といったことが考えられます。また、バブルに踊らされる国民も前回の痛手から何かしらの学習をしているでしょうから、目の色を変えて投機に走るということも少しは抑えられるかもしれません。
いずれにせよ、安倍政権はアベノミクスをひたすら進めており、とりあえずは来春の消費税増税(5%⇒8%)をどうするのかで、増税に慎重なリフレ派との意見調整を図っている最中でもありますので、構造改革=規制緩和の行方とあわせて、今しばらくは推移を見守るしかないのかと思います。
ただし、少なくとも私たちはバブルへの備えや心構えだけはしておくのがよさそうです。

C「読者からの質問28~ヒトを集める・呼ぶ~」

Q:7月の祭りのシーズンがはじまりますが、いろんな方から神輿を担がないか、祭りの手伝いをしないかとお声がかかり、イベントを開くが若い人の集まりが非常に悪いなど「集客」というものに苦労している方が非常に多いという問題が身の回りに転がっていることでした。「集客」の前に「宣伝」などのアプローチに問題があるのかもしれません。
 おそらく「ヒトを集める・呼ぶ」という行為自体が地方では都心モデルが全く通用しなくなり、人も減り、ひと苦労といった問題が現状であります。こういう問題にはどのように対処すべきでしょうか。
A:基本的には、そうした祭りやイベントの価値は何なのか、ということだろうと思います。その価値がインナー(身内の関係者)にだけ共有されるものであるならば、祭りやイベントの担い手はインナーに限定されます。あとは、インナーが多いか少ないか、インナーが減ってきているのかそうでないのか、という問題に集約されます。
一方、そうした祭りやイベントの価値がインナーを超えて、外の世界と共有されているのであれば、祭りやイベントの担い手はインナーだけではなく、外の世界にも開かれることになるでしょう。
例えば、郡上八幡には“郡上踊り”という、筆者の知る限りでは日本の三大盆踊りに入る有名な夏の祭りがあります。「夜通し歌い踊る、それも何日も」という素晴らしい盆踊りです。
当然、この祭りは郡上八幡の人々が担ってきましたが、あまりにも素晴らしい盆踊りなので、今では日本各地からたくさんの人が郡上八幡に集まり、夜通し歌い踊るのです。一方、筆者の住む会津若松には“10万人の盆踊り”と号する夏の祭りがあります。しかし、今やそれは単なるアリバイのようなもので(一応やっていますという)、会津若松の人々も本気で担ってはいませんし、外の世界から参加するのは気まぐれな観光客の夜の時間つぶしのような状態です。材料は同じ盆踊りでも、どうしてこれだけの差が出るのか、です。筆者は、“郡上踊り“には郡上八幡のインナーに止まらない何かしらの価値があり、一方“10万人の盆踊り”にはそれがなかった、ということではないかと認識しています。
同じように、日本各地に点在する棚田の維持管理には人手不足でどこでも苦労をしていますが、皆さんの近くの長野県稲倉地区、あるいは山形県椹平(くぬぎだいら)地区や静岡県千框(せんがまち)地区、石川県奥能登地区や新潟県木沢地区などは、“郡上踊り”同様に日本各地から棚田の手入れを手助けする人たちに守られています。これも、その地区の棚田には地区に生きる人たちに止まらない何かしらの価値があったからでしょう。
そうして考えますと、ご質問の祭りやイベントの本質的な、普遍性のある価値とは何か、ということをまず突き詰めていただくのがよろしいかと思うのです。
プレゼンテーション・スキルのところでもお伝えいたしましたが(第89話)、以下の例題を考えてみましょう。
例題:二人のプレゼンターがいます。そのどちらが良いプレゼンターか選んでください。
Aさん:伝えたい中身が100あって、伝え方があまり上手ではなく(伝導率20%)、相手に中身は20しか伝わらなかった。
Bさん:伝えたい中身は50しかないが、伝え方が上手で(伝導率40%)、相手に中身が20伝わった。
※伝導率とは中身を相手に伝えられる度合いを示します。
さて、皆さんはAさんとBさんでどちらが良いプレゼンターだと思いますか。
それはAさんなのです。その理由は伝導率を改善することは容易ですが、中身を改善することは難しいからで、Aさんが伝えた中身はBさんと同じ20ですが、もともとの中身は2倍の100あります。ですから、伝導率さえ改善すれば40以上の中身を伝えることが可能なのです。一方、Bさんはもともとの中身が50しかありませんので、伝導率を天才レベルの100%にまで改善しても中身は最大で50しか伝わらないのです。
同じように、祭りやイベントに人が集まらないのは、それを伝えるアプローチの問題よりも(もちろん伝導率を上げるのは重要ですが)、祭りやイベントの中身により重要性があると言えないでしょうか。

C「読者からの質問27~日本的システムの輸出~」

Q:イスラムに限らず先進国も後進国もすべて「安定した豊かな社会」を目指していますよね。日本にはその「安定」のシステムの輸出はできますよね。
日本の中小の安定のシステムの輸出の仕組みづくりに戸惑っているのが、日本企業の現状だと思います。
政策や軍事問題など様々な問題が世界に転がっていますが、日本が世界に対してできることは多いですね。サービスなのかモノなのかわかりませんが、困りごとを解決する手段の数は日本の宝庫だと思います。
A:イスラム社会を知るシリーズ(第63話、第64話)からのご質問だと思いますが、ご意見のとおり、政策や軍事問題など様々な問題が世界に転がっていますが、日本が世界に対してできることは多いのです。しかし、必ずしもそれは円滑に進んでいるとは言えない側面があります。
その原因の一つには、世界を知る人材が地域の中小企業や小規模事業者には少ない、という人的資源の不足があります。
これは日本と韓国の大きな違いですが、韓国は国内市場が小さいだけに、どうしても海外に目を向けなければいけません。しかし、日本は国内市場も大きいので、国内市場で手一杯になる企業が少なくないのです。その結果、日本の中小企業や小規模事業者は海外に目を向けるのに遅れを取ることがままあるのです。そして、そういう傾向は海外向けの人材確保にも消極的ということにつながっています。
しかし、地域の中小企業や小規模事業者でも挑戦する意欲が経営者に明確にあるのであれば、必ず道は開けるものです。
例えば、筆者の友人は亜細亜大学で「アジア夢カレッジ」というプロジェクトを進めていますが、このプロジェクトは日本とアジアで活躍する人材を育成する「キャリア開発プログラム」です。4年一貫の産学連携教育、150日間の大連現地教育、中国語の専門教育という三つの柱をもとに、2003年から10年以上にわたって世界(アジア)を知る人材を育てているのです。こうしたプロジェクトと提携することにより、人材を確保することは十分可能ではないでしょうか。

また、これも筆者の友人ですが、石川県で伝統の九谷焼を作っている窯元では、成長の続く中国市場へ進出しようと、かれこれ10年近くさまざまな挑戦を続けています。最初は中国で開かれる国際陶磁器展へ出展し、そこでのネットワークを活かして個展を開催し、着々と窯元のブランドを中国市場へ植えつけているのです。
ですので、筆者は挑戦する心構えがあるのならば、日本の地域の中小企業や小規模事業者でも海外へ打って出ることは十分可能だと考えています。何よりも、「肌理の細かさ」「丁寧さ」「おもてなし」といった日本の特質はアジアの国々を中心として高い評価を受けており、それは日本のさまざまなシステムの持つ「安定感」「信頼感」へつながるからでもあります。
ちなみに筆者は福島市にある呑み屋の若いママさんに、機会があれば上海に店を出してはどうですか、と誘っています。なぜならば、彼女の店を運営するシステム、接客、仕込み、調理、配膳などはまことに理にかなっていて心地よく、気難しく浮気性な上海の消費者にも高く評価されると、これは実感としてわかっているからです。
いかがでしょうか、地方都市の小さな呑み屋さんにも海外にビジネスチャンスはあるのですから、皆さんもぜひ挑戦する気持ちを忘れないでください。

C「読者からの質問26~東電における説明責任~」

Q:経営者の話につながりますが,先日「東京電力社長」と柏崎原発の土地である「新潟県知事」の対談がニュースになりましたね。あのニュースでは非常に新潟県知事の東京電力に対する不信感があからさまでした。「説明責任」を怠った結果がこれかとわかるニュースでもありましたが、あれだけの大企業なのにどうしてそうなってしまったのでしょうか。
A:第56話で、「会社を経営するとたくさんの関係者が発生します。株主、従業員、顧客(クライアント)、利用者(カスタマーやユーザー)、仕入れ先、あるいは地域社会や国際社会なども含めますと大変な数です。経営者はこうしたたくさんの関係者に経営の実像を伝えることが求められます。経営者が逃れることのできない“説明責任”というものです。」と申し上げたことへのご質問と受け止めました。
これは、非常に簡単な原因があります。それは、電力会社は電気事業法という法律で定められた地域独占企業だ、ということです。従って、基本的に市場の競争原理に晒されていません。
料金を決めるのも、送電地域を決めるのも国です。これでは、ユーザーや立地自治体は二の次、三の次になってしまいます。
こうした国策独占企業に説明責任が欠けるのは、おかしくも何ともなく、民営化以前のNTT(旧電電公社)、IR(旧国鉄)など、おしなべてそうではないでしょうか。なぜならば、彼らにとっての説明責任とは、指導官庁である国に対するものでしかないのです。
これは、国策独占企業ではありませんが、かつての都市銀行や証券会社も同じようなものでした。MOF担(もふたん)という対大蔵省折衝担当者を配置し、MOF(大蔵省、現財務省、Ministry of Finance)に常に出入りし、金融検査の検査日を聞き出す、あるいは大蔵官僚と懇意になって新しいプロジェクトの根回しをするなどが主な仕事で、官僚に東京大学出身者が多いことから大抵が東京大学法学部か経済学部の出身であり、エリートコースとして有名でした。しかし、その過剰接待が社会問題化し、1998年には大蔵省接待汚職事件で逮捕者を出すまでに発展したのです。
このように、企業活動に国が大きな権限を持つようになると、国の意向で企業経営は大きく左右されてしまいますので、どうしても国に対することを第一優先とする社風が知らず知らずのうちに作り上げられ、その社風の中ではユーザーやそれ以外の関係者(例えば原発に立地自治体)などははるかに小さな存在になってしまうのです。
そこに怒ったのが新潟県知事だと言えるでしょう、何せ県民の命を預かる職責がありますから。
実は、こうした国の大きな権限を少しでも減らそう、民間企業の自主性を尊重しようというのが、構造改革=規制緩和の大きな目的であるのです。
従って、アベノミクスもこうしたところまで切り込んで来れば本物だと言えるのかもしれません。

C「読者からの質問25~北陸新幹線~」

このコラムは読者とのキャッチボールも重要と位置づけており、その作業の中から①これから社会に参加する若者の皆さんに「働く」、あるいは「ビジネス」ということがどういったものなのかを知っていただく、②中小企業や小規模事業者で働くために重要な知識やスキル、あるいは社会人基礎力を身につけていただく、③中小企業や小規模事業者の海外進出において必要とされるさまざまな国や地域の情報や文化風土などの基盤的な知見を知っていただく、そうしたことを深堀したいと考えています。

Q:「2014年問題」としては「北陸新幹線開通後の経済・観光の変化」として上越新幹線関係の方が危惧しております。新たなインフラができることで、どの場所のどの業界の人が儲かり、赤字になるなど「近い未来」について気になることが多いです。
私は金沢という街が大好きです。近江町市場も美味しく、街も金沢城・兼六園・武家屋敷をはじめとした歴史的な観光スポット、金沢大学をはじめとした地方都市の割に多くの大学が多く、若者が集い、新幹線開通と同時にめきめきとパワーを身に付ける都市だと思います。正直、私が現在住む長野県には恩恵より「金銭・人材の流出」が起きることでしょう。こういった様々な諸問題を待ち構える必要が皆必要だと思いますがいかがでしょうか。
A:第35話「地域における産業振興を考える」で薬用人参を題材に、地域振興へ向けた「素材」「高付加価値化」「市場」のお話を差し上げました。
筆者は、さほど悲観的には捉えていません。ただし、きちんとした準備ができるならば、という条件付きになります。
まず、冷静に長野県と金沢周辺を比較してみますと、残念ながら文化の深さ、味や芸の洗練さ、食材の豊かさなどで、金沢周辺に軍配を上げるしかありません。筆者の好む骨董の世界では「五都(ごと)」と言いまして、古来優れた古美術品の集まる街が五つあると言われています。第一は江戸(東京)、第二は上方(大阪)、第三は都(京都)、第四は名古屋、そして第五は金沢なのです。名古屋は徳川御三家の筆頭尾張徳川家として、金沢は外様第一の前田家として、それぞれに一頭群を抜くものがあったのでしょう。その金沢が相手だと認識することです。
では、そういう金沢に新幹線が通り、東京からわずか2時間半で結ばれる、これは確かに沿線にとっては恐怖でしょう。
しかし、よく考えてください。金沢周辺ですべてが満たされるでしょうか。決してそうではありません。金沢周辺には無くて、長野県にはある、そういう資源をきちんと把握することです。そして、それを金沢周辺に敗けない品質で提供する、ここにはホスピタリティも含まれますが、これを徹底的に行えば、金沢周辺と相互補完関係が築けるのではないでしょうか。
それには、まず何よりも、長野県の資源とは何か、それを磨き上げるためには何が必要か、そしてその情報をお客さまへ的確に伝えるのは何をすればよいのか、それらを整理して、着々と実行に移すことです。
例えば、長野県を訪れたことのある観光客へ、1:1で情報を提供する仕組みはできているのでしょうか。そのための観光客のデータベース化は進んでいるのでしょうか。
あるいは、観光客からのどんな問い合わせにでも、すぐに回答ができて、かつ長野県の観光へ提案誘導できるような総合窓口(ヘルプデスク)は整っているのでしょうか。
そんなことから一歩一歩進めてゆけば、過度な怯えは不要ではないでしょうか。

B-D「2020東京オリンピックと企業経営」

東京オリンピック開催、ラグビーワールドカップ開催という直近のブラジル並みに国際的スポーツイベントが行われる日本(東京)の経済動向と企業経営や私たちの生活への影響について、コラムに書いて欲しいという読者からの要請がありましたので、それに触れたいと思います。

今回安倍首相は、東京オリンピックは金融政策、財政政策、成長戦略に続くアベノミクスの第四の矢の効果がある、と述べています。
同時に、最大の懸念材料とされた福島第一原子力発電所からの汚染水問題については、完全にブロックしていて、政府の責任でコントロールする、従って、食料や水からの被曝は日本どこでも現行基準の100分の1以下に抑えると表明しました。
この二つの側面に今回の東京オリンピックの本質が示されていると言えるでしょう。

第一の側面、即ちアベノミクスの第四の矢ということについては、オリンピック期間中に最大1,000万人の観光客が日本を訪れることになります。この数字は、現時点での日本の海外からの観光客受け入れが年間861万人に過ぎず(2010年)、観光立国行動計画(The VISIT JAPAN program)ではそれを1,000万人へと引き上げる目標となっていますから、いかに大きな数字かおわかりいただけると思います。
従って、その経済効果も極めて大きく、雇用面では約15万人の新規雇用をサービス業、建設業、商業、運輸業などで産み出すとともに、全体で約3兆円から4兆円の経済押し上げ効果があると見込まれています。さらに、これをきっかけに進むであろう首都東京を中心とするインフラ整備や観光業の拡大などを含めれば、最大で150兆円の経済波及効果があると見込むところもあるほどです(大和証券)。

同時に見過ごせないのは、経済のフラッグ効果です。いわゆる“錦の御旗”のように、日本の進むべき目標がオリンピックというわかりやすく可視化されたメッセージで示されますと、日本全体がそれに向かって走るという心理的な効果です。歴史を紐解けば、1964年の東京が日本の高度成長時代のフラッグとなり、1988年のソウルが韓国の国際社会への仲間入りを告げ、2008年の北京が中国の経済成長の象徴となったように、です。

従って、東京オリンピックの正式決定を受けて、翌日の東京株式市場では、インフラ部門で大成建設が13.8%、スポーツ用品部門でミズノが11.2%、観光部門で帝国ホテルが19.2%、警備部門で綜合警備保障が6.0%と、揃って株価を上げたのです。

このように、東京オリンピックは日本経済に大きなプラスを産むと考えられますが、その反面、インフラ部門を中心として人件費や建設資材の高騰が懸念されます。当然のことではありますが、東日本大震災や福島第一原子力発電所の事故などで、現在もインフラ部門では人手と資材の不足が深刻ですから、それとのシナジー効果で事態がより悪化する危険性には注意する必要があるでしょう。

一方、福島第一原子力発電所からの汚染水問題については、ようやく政府主導で本格的な対策に着手すると決まったばかり、先日も政府の関係部門での対策会議がはじめて開催されたくらいですから、これは海のものとも山のものとも、今の段階では何とも言えないというのが、被災地の偽らざる心境でしょう。
とりわけ、西の山側からの地下水が日量400トンも原発に流入している現状では、いくら外海との境にシルトフェンスを張っていても、あるいは地下に遮断層を作ってみても、それを乗り越えて汚染水が海に流れ出している状況は変えられません。従って、山側からの地下水の流入と、海側への汚染水の流出を同時に防ぐある種の“地下ダム”のような仕組みを作らないかぎり、安倍首相の国際公約は極めて危ういと言わざるをえません。

最後に、2019年ラグビーワールドカップですが、2015年のイングランド大会の次にあたり、ラグビー先進国と言われるヨーロッパ諸国、そして南半球三ヶ国以外でははじめての開催となります。ですので、ラグビーファンにとっては待望の開催ということになりますが、オリンピックとの比較で言えば、“焚火の前の蝋燭”のような規模ですので、経済波及効果よりはラグビー文化が日本に根付くためのお祭り、オリンピック前の国際大会と捉えるのが妥当ではないでしょうか。ちなみに、筆者は大のラグビーファンですので、2019年をそれこそ待ち望んでいます。

B-D「トルコと新しい市場(アジアとの付き合い方外伝)」

2020オリンピックが東京に決まりました。どのような手立てであれ、景気浮揚のきっかけが欲しい安倍政権としては、ほっと一息でしょう。また、お祭りの好きな人たちにとっても、これは喜ばしいことでしょう。
しかし、少し危惧するのは、この決定がトルコをイスラムへと引き戻すきっかけにならないか、ということです。
トルコは、まさにイスラムとヨーロッパの分水嶺に立っています。そして、世俗主義(イスラム法の支配ではなく近代法の支配を選択)の道を建国以来歩んできました。
であればこそ、NATOへ参加し、EUへの参加を熱望し、オリンピックにも5回も手を挙げてきたのです。しかし、そうしたトルコの願いはことごとく潰えようとしています。
そうした想いが、トルコをイスラムへと引き戻す流れを作らないかどうか、はなはだ心配する筆者がいます。「よいとこどりはできない」という真実からすれば、日本とトルコが同時に満足する選択肢はありません。日本=東京の喜びは、トルコ=イスタンブールの悲しみとなります。幸せが何かが難しいのと同じように、世界の調和も難しいのでしょう。

そこで、よい機会ですのでイスタンブールを抱えるトルコってどういう国なのか、少しおさらいしてみましょう。
①面積:780,576平方キロメートル(日本の約2倍)
②人口:75百万人(日本の約60%)
③首都:アンカラ(イスタンブールは最大の都市ですが首都ではありません)
④政治体制:共和制(複数政党制で、2002年以来、エルドアン首相率いる公正発展党=AKPが単独政権を維持。AKPはイスラム色が強く、世俗主義を掲げる建国理念との緊張があります。)
⑤GDP:7,862億ドル(日本の6兆ドルの約8分の1)
⑥一人あたりGDP:10,504ドル(日本の4万ドルの約4分の1)
⑦経済成長率:2.2%
⑧失業率:9.2%
⑨経済収支:貿易収支は赤字ですが、観光収入と出稼ぎの所得収入で経常収支はトントン。
⑩外貨準備高:約750億ドル(日本の約1兆ドルの13分の1)
⑪主たる貿易相手国:輸出は宝石・貴金属・自動車・機械類でドイツ(8.6%)イラク(7.1%)イラン(6.5%)…日本(わずか0.2%で第59位)、輸入は石油・天然ガス・機械類・鉄鋼でロシア(11.3%)ドイツ(9.0%)中国(9.0%)…日本(わずか1.5%で第15位)

では、トルコ人って、昔からトルコ(アナトリア半島)に住んでいたのでしょうか。
いえいえ、それは違います。昔々その昔、中国が周の時代(今から3,000年ほど前)、周のまわりには狄、夷、蕃、戎という異民族が住んでいたと言われますが、この狄(てき)がトルコの人々の遠い祖先なのです。
中国の北方には、ツングース(縄文人と類縁)、モンゴル、チュルク(トルコ人の祖先、モンゴロイド)、タージーク(イラン系で胡人とは彼ら、コーカソイド)と、東から西へと、だいたい今の満州(中国東北部)から中央アジアにかけてグラデーションのように並列して住んでいたと考えられます。そのチュルクは、唐の時代、突厥という巨大な遊牧国家を作りますが、その滅亡後、一部が西へ西へと移動を重ね、その途中でイスラム教やコーカソイド(白人種)の集団を受け入れながら、ウイグル王国、カラハン朝、セルジューク朝などのさまざまな征服王朝を形成し、最終的には14世紀にアナトリア半島(今のトルコ共和国の地)でオスマン朝という国際帝国を作り上げるのです。

このオスマン朝(オスマントルコ)は、東ローマ帝国の息の根を止め、地中海を支配し、西は北アフリカ・エジプトから東はメソポタミア・イラン高原まで、広大な領土を誇る帝国でした。しかし、巨大な帝国も老木のように衰え(瀕死の病人と呼ばれました)、18世紀以降は新興のヨーロッパの国々に領土を侵食され、とうとう第一次世界大戦で崩壊してしまいました。このオスマントルコの領土を切り分けてできた国々がエジプトであり、サウジアラビアであり、ヨルダンであり、レバノンであり、シリアであり、イラクであるのです。

そして、アナトリア半島にはトルコ人を中心とするトルコ共和国が作られたのです。
しかし、イギリスをはじめとするヨーロッパの国々はそのアナトリア半島すら、ケーキを切り分けるように分配しようと、ギリシャを誘って第一次世界大戦が終わっても5年にわたる戦火に巻き込んだのです。
この祖国解放戦争でムスタファ・ケマル・アタテュルク大統領がギリシャ軍を追い返し、ようやくトルコ共和国が今の姿となったのです。そして、戦後には100万人のギリシャ正教徒がトルコからギリシャへ、50万人のイスラム教徒がギリシャからトルコへと移住することになりました(住民交換による純化)。また、この祖国解放戦争の中で、分離独立を目指したアルメニア人やクルド人を迫害し、「トルコ共和国に住む人はすべてトルコ人」という考え方を推し進めたので、今でもフランスなどの国々がトルコのEU加盟を拒否するのは、この時の異民族迫害の歴史があるからなのです。

こうしてできあがったトルコ共和国は、オスマン朝の政教一致の統治体制をすべて否定しましたので、世俗主義(宗教=イスラム教に基づかない国家運営)、民族主義(トルコ共和国に住む人はすべてトルコ人)、共和主義(議会制民主主義の採用)を国家の基本とし、政教分離、ローマ字採用、女性参政権などの近代化政策をやつぎばやに断行したのです。
そういう意味では、トルコはイスラムの大国ですが、イスラムに埋没することなく、常にヨーロッパへの窓を開いた国造りを進めたと言えるでしょう。

その結果が、1948年にはOECD(経済協力開発機構)、1952年にはNATO(北大西洋条約機構)へ加入して、ヨーロッパ西側諸国に与し(くみし)、2005年にはEUへの加盟交渉が開始されるなど、イスラムとヨーロッパをつなぐ役割を果たしているのです。
しかし、先に述べたアルメニア人やクルド人への迫害の歴史、キプロス(今も南北に分断されています)に代表されるギリシャとの緊張関係、公正発展党のイスラム寄りの政治姿勢などから、必ずしもヨーロッパに好意的に受け入れられるには至らず、イスラムとヨーロッパの間を揺れるスイングカントリーとなっているのです。

なお、日本人の中には日露戦争でのロシアへの勝利や和歌山県串本町沖で発生したエルトゥールル号遭難事件での日本の対応が評価されたことなどから「トルコは親日的だ」という思い込みがあるようですが、現実の社会経済面で日本の存在は希薄で、中国や韓国の存在感が大きくなっています。こういうところにも、日本の“内弁慶外味噌”の傾向がよく現れていると言えるでしょう。
世界第17位のGDPと7,000万人を超える人口を持ち、ヨーロッパと中東やアジアをつなぐトルコは、日本の中小企業や小規模事業者にとって可能性のある魅力的な市場だと言えるでしょう。ぜひ、皆さんもトルコの市場を開拓してみてください。

C「日本経済新聞を読む~9月8日④~」

4面には「永田町インサイド」と題して、日本政治の裏面を丹念に追いかけています。今回のテーマは、あの東シナ海の孤島、尖閣諸島の国有化です。日中の交渉の経過がかなり細部まで追いかけられていますので、十分な歴史資料になりえる内容です。
筆者は、民主党政権が藪をつついて蛇を出した話だと考えています。こうした傾向は、第86話「中国を知る④~リコノミクス~」や第123話「中国を知る⑤~薄熙来事件~」でご紹介した中国共産党の全国大会の直前、政治的には非常に微妙な時期に(9月11日)国有化を閣議決定する、という認識にも現われています。当事者の首相補佐官は「穏便に事を済ますのが目的であればいろんな工夫はあったと思う。胡錦濤主席との立ち話の一ヶ月後や半年後ならよかったのか。いつか決着を付けなければいけないのならば、中国に新政権が誕生する前に実行し、互いにカードを出し切ったうえで日中関係を仕切り直すべきだと判断した。」と、まるで開き直っているようです。こうした甘い判断は、外交ルートを通じてアメリカから「中国は納得なんてまるでしていないから、慎重に事を進めた方がよいですよ」という助言があったにも関わらずですから困ったものです。

その意味から申し上げますと、2面下段にある「風見鶏」の記事は秀逸と言えるでしょう。それは、「永田町インサイド」と同じ論説委員が書いているのですが、太平洋戦争末期に作られた長野県松代町の「幻の大本営」跡トンネルを枕に振り、「中国で戦いの泥沼にはまり、勝ち目のない対米戦争へ追い込まれていった」軌跡を振り返り、「日本政府が自らの手で開戦から敗戦までを検証し、何がいけなかったのか、総括すべきだった(油井大三郎東京女子大教授)」と語らせ、アメリカにおける失敗学の尊重と対比させています。
要するに、過去を振り返り、現代に生かす歴史教育が必要だと結ぶのですが、今の学校では古代からはじめるため現代にまで行き着かずに授業が終わることが多いそうです。であれば、いっそのこと、平成から昭和、昭和から明治と、過去に遡る形で歴史を教えてはどうか、歴史問題をめぐって中国や韓国との軋轢が増しているのであれば、日本人そのものが過去を検証し、それに基づいて反論すべきは冷静に反論し、日本の見解を世界に発信すべきだと結んでいます。
この二つの記事を並べて見れば、手前勝手な甘い判断に陥ることの危険性と、そうならないためには冷静に過去を検証することが必要だと主張している点で、非常に一貫性のある紙面だと言うことができるでしょう。

なお、次の10日の9面で紹介された「習政権、石油閥の力をそぐ」をさらに読み進みますと、中国共産党の全国大会の後に誕生した習近平指導部が、メジャー最大手のエクソンモービルに売上で近づきつつあるペトロチャイナをはじめとする、中国の国営石油企業、そしてそれを束ねる石油閥を摘発しているというのです。
中国の石油閥は、解体された鉄道閥、江沢民元主席の影響力の強い機械工業閥と並んで、
中国の政財界を仕切る有力な政治経済グループですが、そこを叩くことで習近平指導部は党内部の権力闘争に勝ち残り、利権や既得権に執着する保守派を抑え込み、中国流の構造改革(リコノミクス)を進めようとしているようです。ちなみに次の中国共産党中央委員会は普通ですとこの10月ですが、11月に延期されたようで、水面下での権力闘争がかなり激しいことを桃が立っています。
そして、これがうまくゆくかどうかは(政治的立場よりも経済的合理性を重んじる姿勢)、中国経済の規制緩和にも、あるいは日本を含めた対外姿勢の変化にもつながるだけに、中小企業や小規模事業者にとって欠かせない中国市場の行方として注目していただきたいと思います。

C「日本経済新聞を読む~9月8日③~」

次は3面の「けいざい解読」です。ここでは、「新興国、なぜ波乱要因に?」と見出しをつけ、その回答を暗示するように「欧米の経常赤字移る」と書いてあります。以前も第55話「バーナンキ・プット」、第128話「通貨危機」でお伝えしてきましたが、アメリカが遠からずドルの輪転機を減速するという予測の中で、足腰の弱い新興国から足の速いお金(海外からの短期投資など)が逃げ出しているのです。2008年~2013年の比較で黒字減少や赤字拡大を経常収支の悪化と考えますと、1位と2位は経済の減速が目立つ中国の1,821億ドル、東日本大震災や原発事故の被害が大きかった日本が964億ドル、しかし5番目からはインドの666億ドル、ロシアの473億ドル、オーストラリアの406億ドル、インドネシアの313億ドル、ブラジルの301億ドルと、ずらっと新興国や資源国が並んでいます。その反対に経済収支が改善された国は、アメリカの2,037億ドルを筆頭に、スペインの1,694億ドル、イタリアの726億ドル、スイスの709億ドル、ギリシアの505億ドル、オランダの326億ドル、ポルトガルの323億ドルと、ずらっとヨーロッパの国々が並んでいます。
この背景には、リーマンショックから債務危機などで、南ヨーロッパの国々が軒並み要注意財政となり、その結果、政府支出や消費を極端に手控え、いわば緊縮財政を行っていることがあります。また、アメリカではリーマンショック以降の景気減速で「最後の買い手」としての旺盛な消費に歯止めがかかったこともあります。
いずれにせよ、ヨーロッパにおける消費の減速と、アメリカの金融引き締め(正常化?)というダブルパンチの中で、新興国や資源国の経済収支が急速に悪化することは、それが急激に進行すれば、第二のアジア通貨危機を招きかねませんので、この推移には引き続き注意が必要でしょう。

同じ3面には「脱デフレ実現には、構造改革が不可欠」という記事です。これはアベノミクスの論理的な必然と言える構造改革=規制緩和を急ぎなさい、という日本経済新聞らしい主張に溢れています。まあ、世界のほとんどの経済学者が揃いも揃って「構造改革」の大合唱なのですから、当然とは言えますが、はたして大胆かつスピード感を持って実行できるのでしょうか。
これからのTPP交渉の推移とあわせて、皆さんもウォッチャーをしてみてください。何よりも皆さんの就職や、就職後の皆さんが選んだ会社の経営にも大きな影響を及ぼす問題だからです。

そして、この記事の流れは翌10日の11面の記事、「韓国、TPP参加検討」につながることになります。それは、現時点でFTA(自由貿易協定)締結国との貿易額が全体の35%を占める韓国は、それが19%に過ぎない日本と比べて、圧倒的な貿易上の優位を握ってきました。早い話、韓国車には関税がかからずに、日本車には15%の関税がかかる、という国がそれだけ多いのですから、これでは韓国企業との競争に勝つのは容易ではありません。
しかし、仮に日本がTPPをはじめとして現在交渉中の協定を実現できれば、その数字は64%に改善され、同じ時点での韓国の69%に迫ることになるのです。これでは、韓国企業の国際競争力に曇りが出かねないと、朴政権はこれまでのTPP無視、個別FTA優先という路線を変更する、という話です。
このように、中小企業や小規模事業者であれ、国内の市場であれば構造改革=規制緩和、海外の市場であればTPPなどの自由貿易協定の行方に大きく影響されますので、そういう視点でぜひ日本経済新聞に挑戦してみてください。

C「日本経済新聞を読む~9月8日②~」

同じ1面に「中国でLNG船建造」という川崎重工業の記事があります。2014年問題(第138話)などで受注に苦しむ造船業界で、あの社長解任まで起こした川崎重工業が(第52話)、中国江蘇省南通市の合弁会社「南通中遠川崎船舶工程(NACKS)」に数十億円を投資し、LNG船(液化天然ガス運搬船)を建造する、というものです。
既に第138話「読者からの質問24~2014問題~」でお伝えしたように、世界の船舶がオーバーストア状態になり、新規の発注が先細る中で、高度な技術力を求められ、船価も高く、その分だけ利益も見込めるLNG船で勝負に出ようということのようです。
現時点で世界では100隻を超えるLNG船が建造中ですが、そのうちの8割は韓国勢が占め、日本勢はわずか1割に過ぎないのです。今後もLNGの需要は拡大することが確実なため(日本での原発事故やアメリカでのシェールガス開発など)、現在400隻あるLNG船は約2倍まで増加する見込み、しかも船価は1隻200億円と同規模のタンカーの2倍なのですから、これをみすみす韓国勢に渡すのはもったいない、ということです。
しかし、日本では建造費の3割を占める人件費が割高で韓国勢には勝てない、かといって人件費の安い中国では建造する技術力がない、では技術力のある日本と人件費の安い中国が手を組んで韓国勢と戦おう、こういうシナリオなのでしょう。また、こうした投資プランがあったことも、造船事業の他社との合併を進めようとした社長を解任した原因の一つなのかもしれません。
しかし、はたして思惑どおりにLNG船の受注ができるか、また、LNG船の技術力を中国に渡すことが、将来のライバルの強化につながらないのか、まだまだ先を追いかけないといけない記事でした。

さらに同じ1面では「30万円で株主に」という見出しがあります。これは、来年の少額投資非課税制度(日本版ISA)の開始をにらんで、上場企業が株式分割で株価を相対的に下げる、あるいは最低売買株数を引き下げるなどの方法で、さほどの資金がなくても気軽に株を買えるようにしている、という話題です。例えば、トヨタ自動車は最低売買株数が100株ですので、現時点では1株6,000円を超えていますので、最低でも60万円以上の資金が無いと、トヨタ自動車の株は買えません。これを株式分割で株価を下げるか、あるいは最低売買株数をより少なくするか、といった手法で、より買いやすくする、ということです。
どうしてこんなことをするの、という疑問がおありでしょうが、これは日本の株の多くは海外の投資家や機関投資家(保険会社とか)が売買していて、一般国民の関わりは20%程度にすぎないのです。これでは、いくら株価が上がっても、儲かるのは海外の投資家と機関投資家だけでしょう、それをもっと国民に廻るようにすれば、国民も潤い、さらに株の買い手が増えて、株が上がる、というシナリオです。まさにアベノミクスがそこにあるのです。
また、企業側からしますと、一般国民が所有することで、特定の投資家への株の集中が防げて企業経営がしやすくなる(一般国民は物言わぬ株主の代表ですから)、株主になった人はその企業の商品を買うパターンが多い、といった背景もあるようです。
いずれにせよ、普通の国民が株の売買に参加しやすくなる、ということはよさそうですが、一方かつてのバブル期のように、誰もが株の値上がりに目の色を変える、といった過熱現象だけは御免蒙りたいものです。

C「日本経済新聞を読む~9月8日~」

以前、リベラルアーツの話の中で(第9話)、「教養のミニマムと教養のマキシマムというものを考えたときに、教養のミニマムというものは基本的には常識といっていいだろうと思います。では、具体的にその常識の内容として何を考えるかということですが、僕が、“現代の常識”のレベルとしてよく例に出すのは、日経新聞をはじめのページから最後の文化欄までをちゃんと理解できる、これが現代人が持つべき知識の基本ラインである、という表現です。」という立花隆の言葉を紹介しましたら、さっそく読者から「コラムを読んで先ほど日経新聞をコンビニで買ってみました。今日の夜、目を通してみたいと思います。」というメールをいただきました。
まさにこれが「意識した行動」です。もちろん、日本経済新聞を最初に手にすれば、なかなかの難題だと思うはずです。しかし、読むことを継続しているうちに、一つ、また一つ、わからなかったことがわかるようになり、読むことが苦痛ではなくなるはずです。
これが「読む壁」です。仕事にも壁があります。同じように新聞を読むことにも壁があります。この壁を避けてはいけません。この壁で諦めてはいけません。何度も挑戦することで、必ず壁は乗り越えられます。
筆者も日本経済新聞の真ん中の株や商品相場の記事は読んでいてもよくわかりませんし、興味もありません。でも、そうしたことは大きな問題ではありません。「日経新聞をはじめのページから最後の文化欄までをちゃんと理解できる」の中に、それは入っていないと勝手に思いましょう。それでかまわないのですから。

このコラムで「日本経済新聞を読む」を書くのは、この割と読みこなすのが難しい新聞を読むには、どういったプロセスなり、興味なりがあると楽なのか、そのヒントになればという意味です。ただし、それはあくまでも筆者の価値観に基づくものですので、皆さんには皆さんの読み方があるでしょう。あくまでも参考としてお読みいただければと思います。

まずは1面です。
「賃上げ促す減税拡充」というトップ記事です。内容はそんなにたいしたことではなくて、雇用と賃上げである条件を満たした企業には法人税の減税をしましょうと、政府が検討しているという話です。しかし、企業の業績はアベノミクスで大幅に改善されている、にも関わらず、私たち国民の日常の生活ではさほどの恩恵を感じない、その原因は企業が利益を賃上げや設備投資に廻さないで、内部留保に向けている、という背景には十分な注意が必要でしょう。
どうして、企業は利益を賃上げや雇用に廻さないのか、これを紐解きませんと、構造的に家計に廻るお金が増えないことになるからです。
筆者が考えるには、第一にアベノミクスが継続的に企業の利益を増やしてくれるかどうか、その確信が持てない、ということがあるでしょう。第二に安易に賃上げや雇用をすると、なかなか賃下げや解雇ができないだけに、なかなか賃上げや雇用には気が進まない、ということがあるでしょう。

となりますと、その対策は一過性の減税ではなく、第一には企業のビジネスチャンスを拡大させる規制緩和を大胆かつスピード感を持って進め、企業経営者にプラスのマインドが起こるようにする必要があるでしょう。第二には、日本の厳格な労働制度をより柔軟な方向へと変えて、賃上げや雇用へ踏み切ることを容易にする必要があるでしょう。「5年雇えば誰でも正社員(第14話)」のようなことをしていてはいけません。南ヨーロッパの国々のように、一度雇えばほぼ一生抱え込まないといけないような硬直化した労働制度では経済が疲弊し、若者の失業率が増加するのは避けられないことなのですから。

C「ブランド力」

中小企業や小規模事業者が生き残るための重要なツールとして“ブランド力”があります。
例えば、筆者のよく知っている新潟県燕の銅器製造会社があります。そこは、江戸時代からの伝統を受け継ぐ「鎚起銅器(金「鎚」で打ち「起」こしながら器を造り上げていく、銅を叩いて伸ばすのではなく、叩きながら縮めていきます)」を作る会社です。
この会社では徹底して“ブランド力”に重点を置いています。伝統的な器も造りますが、スイスの腕時計メーカーと提携して鎚起銅器製の腕時計を造り、モダンなデザインのピッチャーも造り、伊勢神宮式年遷宮記念のテーブルウェアも造り、日本ハムと提携してャウエッセン匠技キャンペーン銅製ボイル鍋も造り、フランクフルト国際見本市アンビエンテに出展を行い、まことにさまざまなキャンペーンを展開していますが、共通項は「一流と組む」「安売りはしない」「品質にはこだわりを」という点で徹底しています。
その結果、この会社の鎚起銅器は間違わずに“一流品“の道を歩んでいるのです。詳しくは、次のURLをご覧ください(http://www.gyokusendo.com/news)。

こうした“ブランド力”はどうして培うことができるのでしょうか。
それには、次のようなプロセスが求められます。
① 誰のどんなニーズに対して、どんなシーズや機能を通じて競合他社とは異なるサービスや品物を提供するのかをはっきりさせること
② メッセージをユーザにわかりやすい言葉で現わすこと
③ メディアを一貫性のもとに使うこと
④ ユーザ及び潜在的ユーザへの露出を最大化させること
一方、失敗しやすいブランド戦略は次のような誤りを犯すものです。
① ターゲットがはっきりしていない(誰に売りたいのか)
② ニーズがはっきりしていない(どんな需要に答えるのか)
③ 機能・シーズがはっきりしてない(何を売るのか)
④ メッセージが理解しにくい(わかりにくいメッセージ)
⑤ メディアに一貫性がない(とりとめもまとまりもない)
⑥ そもそも露出が少ない(目にする機会が少ない)

ここで、面白いデータがありますので、ご紹介いたしましょう。
それは、アジアの国々(今後ますます重要になる日本企業の市場)で、日本の製品やサービスのブランド力はどうなっているのか、というものです。
日本経済新聞のアジア六ヶ国(インド、中国、インドネシア、タイ、フィリピン、ベトナム)を対象とした「買いたいブランド」の調査によりますと、次のような結果が出ました。日本勢が1位を占めたのがテレビのソニー(2位は韓国サムソン)、デジタルカメラのキャノン(2位もニコン、3位もソニーと日本勢)、2位を占めたのが冷蔵庫のパナソニック(1位は韓国サムソン)、小売りのセブンイレブン(1位は米ウォルマート)、3位を占めたのが自動車のトヨタ(1位は独BMV)、スマホのソニー(1位は米アップル)、パソコンのソニー(1位は米アップル)で、インターネットサービス(1位は米グーグル)、化粧品(1位は仏シャネル)、ヘアケア(1位は米ヘッド&ショルダーズ)、アパレル(1位は香港エスプリ)、スポーツ用品(1位は米ナイキ)ではベストスリーに日本勢の名前はありませんでした。
これを思ったよりも善戦と見る向きもありますが、その評価内容を見ますと、サービスや製品そのものよりも「サービスがよい」とか「もてなしの心地よさ」とか「素早い補修や点検」というソフト面ですので、サービスや製品そのものの品質、技術力、革新性、デザイン、高級感あたりで評価を受けるようにならないと、“ブランド力”という意味では海外の競合他社に見劣りする危険性があるのではないかと筆者は考えています。

いかがでしょうか、中小企業や小規模事業者でのブランド戦略の参考にしていただければと思います。

D「階層社会」

筆者が危惧していることに、「階層社会の固定化」という問題があります。それは、日本が豊かな層と貧しい層に分かれ、かつそれが固定化してしまうことです。
皆さんはこれから社会に出ることになりますが、以前もお話したように(第125話「危険な貧困のスパイラル」)、「年収の低さは子どもたちへの教育投資がままならないということを招きます。教育投資がままならない子どもたちは、かなりの確率で低い学歴を余儀なくされます(東大の例でおわかりのように)。低い学歴は低所得を招く危険性が高いです。そうしますと、子どもたちが成長した後も、同じように低所得⇒低教育投資⇒低学歴⇒低所得と、マイナスのスパイラルがはじまることになります。」という恐ろしさがあります。そうしたマイナスのスパイラルに皆さんが入ってしまうことだけは避けなければいけません。

そこで、気になるデータを一つ申し上げましょう。
東京大学が在校生の家庭状況を調査した「2010年学生生活実態調査の結果」(2011年12月発行)によれば、世帯年収950万円以上の家庭が51.8%に上ったそうです。ちなみに、厚生労働省発表では世帯平均年収は約550万円ですから、東大生の半分以上が日本の平均世帯年収の約2倍、もしくはそれ以上を稼ぐ家庭の子どもということになるのです。
また、東大家庭教師友の会が現役東大生に行ったアンケートによると(2009年)、「学習塾に通った経験はありますか?」という問いに対して85.9%の学生が「ある」と回答しています。さらに、「学習塾が必要だと思った時期はいつですか?」という問いに対しては、中学受験時33.6%、高校受験時23.5%、大学受験時27.8%、その他の時期15.2%と、中学受験に備えて学習塾に通いはじめた学生が多いことがわかります。そして、ベネッセコーポレーションの最新の中学受験調査によると、「中学受験を迷う理由」の1位は「私立中学は授業料が高いから」(28.8%)、2位は「受験準備(塾など)にお金がかかるから」(22.9%)となっており、中学受験に踏み切る際の最大のネックは“お金の問題”であることが明らかになっています。
従って、経済格差がそのまま教育格差につながっていて、特にその分かれ目となるのが“中学受験”と言えるでしょう。

そうしますと、日本という国をさまざまに動かしている霞が関の国家公務員の多くは東大卒業ですから、彼らの多くは貧しさを知らず、親の豊かさの庇護にあって進学をしてきたことになります。
そうした彼らが国の未来を考えた場合、やはり貧しい階層への理解は乏しいことになり、ともすれば貧しい階層への配慮がないままに国の青写真を作ることになってしまうのではないでしょうか。
そういう意味では、彼ら以外の人たちが日本の未来にコミットメントする、ということが欠かせないと思うのです。もちろん、コミットメントのあり方はさまざまにあるでしょう。自らが国家公務員や政治家を目指すというのもあり、あるいは地域の問題に関わってゆくというのもあり、あるいは機会をとらえてメッセージを社会に発信するというのもあり、まさにさまざまです。
こうした社会へのコミットメントを、サルトルはアンガージュマン(engagement)と名付けたこともご記憶ください。

C「読者からの質問24~2014問題~」

Q:「経営統合の白紙」の背景の一つとして、「造船の2014年問題(造船の新規受注がなくなる)」があげられますが、2014年以降はこれを発端に様々な問題が予測されると思います。どういった問題が日本の産業に起きるであろうか、コラムの記事として書いていただけないでしょうか?
A:川崎重工業の社長解任事件にからんで、というご質問かと思います。
造船の2014年問題は、要するに新規受注がなくなる、さてどうしましょうか、という話です。
これはとりたてて問題視するような話ではなく、同じ品質の船を作る限り、工賃の安い韓国や中国との受注競争には勝てず、たまたまオーバーシップ(船舶の過剰、海上輸送の能力は世界で約2倍に増えたが、荷物の量は1.5倍しか増えず、リーマン・ショック後に船の受注が激減)に陥って発注量が減ったタイミングで日本の受注がゼロになってしまった、ということでしょう。
しかし、その後、三菱重工業が日本郵船から次世代型自動車運搬船2隻を新規受注したことからもわかるように、先進的な船舶技術を盛り込んだ受注については必ずしも見込みがない訳ではありません。
従って、問題はそういった需要を日本の造船業界が掘り起こせるのかどうか、それに見合った技術開発力があるのかどうか、ではないかと思います。
そういう意味で言えば、より大きな問題は造船業界の乱立状態と企業規模の小ささです。以下に日本の代表的な造船会社をあげてみましょう。
今治造船:4,548千トン
ジャパンマリンユナイテッド:3,702千トン
三井造船:1,624千トン
三菱重工業:1,399千トン
名村造船:1,398千トン
大島造船所:1,248千トン
ツネイシホールディングス:1,080千トン
新来島どっく:1,047千トン
川崎重工業:746千トン
これに比べて海外の大手の造船会社はどうでしょうか。
現代重工業:12,560千トン
サムソン重工業:8,050千トン
いかがでしょうか、規模の優位さは明らかです。これでは多額の費用が必要になる開発競争にもなかなか勝てないのではないでしょうか。
こうした乱立と企業規模の問題は、造船業に限らず日本の多くの製造業で顕著に現われている症状です。小売業でいうところのオーバーストア(over store、店舗過剰)なのです。
家電業界を見ても、半導体業界を見ても、オーバーストアの問題は深刻で、新規開発に巨額な費用を要するようになると、日本の小さな企業規模では太刀打ちできなくなってしまうのです。
近年ピンチの続く電機業界のランキングを見てみましょう。
① 日立製作所:売上9兆円
② パナソニック:売上7兆3千億円
③ ソニー:売上6兆8千億円
④ 東芝:売上5兆8千億円
⑤ 富士通:売上4兆4千億円
⑥ 三菱電機:売上3兆5千億円
⑦ キャノン:売上3兆5千億円
⑧ NEC:売上3兆円
⑨ シャープ:売上2兆5千億円
⑩ 富士フィルム:売上2兆2千億円
これに比べて、サムソン電子の売上は20兆円を超えるのですから、ここでも規模の差は明らかです。
かつて、日本でも佐橋滋通産省事務次官(「官僚たちの夏」で有名になりました)が進めようとした“特定産業振興臨時措置法案”のように、製造業におけるオーバーストア状態を解消し、国際競争に勝てるだけの規模を持った企業に集約しようという試みはありましたが、官僚統制を嫌う経済界の反対にあい、今日に至っても再編成は遅々として進んでいません。
筆者は、このオーバーストア状態が現時点では製造業の最大の問題だと考えています。

C「読者からの質問23~世界各国の経常収支~」

Q:アメリカは経常収支が赤字という文章に気になったのですが、それでもアメリカが成り立ち、多くの成功を生み出し、世界をリードしていることは何が一番の原因でしょうか? アメリカだけにかぎらず、世界各国の経常収支の現状についても教えて欲しいです。また、経常収支の変動によって国民の生活がどのように変動が起きるか興味があります。
A:国際収支は、経常収支+資本収支+外貨準備増減=ゼロですので、経常収支が赤字でも資本収支が黒字であれば、あるいは外貨準備を取り崩せば、トントンになります。
一般的には、国際収支の構造は次のような段階を経て、成熟していくと言われています(発展段階説)。
①未成熟の債務国:産業が未発達のため貿易収支は赤字、資本が不足するため海外資本を導入するので資本収支は流入超(黒字)。
②成熟した債務国:輸出産業が発達し、貿易収支が黒字化するが、過去の債務が残っているため所得収支(国境を越えた雇用者報酬〔外国への出稼ぎによる報酬の受取など〕)および投資収益(海外投資による利子・配当金収入など)の支払いが大幅赤字、結果的に経常収支は赤字。
③債務返済国:貿易収支黒字が拡大し、経常収支が黒字に転換。対外債務を返済できるようになる。これにより資本収支が流出超(赤字)。
④未成熟な債権国:対外債務の返済が進み債権国となり、所得収支が黒字化。
⑤成熟した債権国:貿易収支が赤字に転換するが、過去の対外債権からの収入があり、所得収支が黒字のため、経常収支は黒字。
⑥債権取崩国:貿易収支の赤字が拡大し、経常収支が赤字に転落。対外債権が減少する。
この学説に基づけば、今の日本は⑤と⑥の瀬戸際というところでしょう。
さて、それでは経常収支の各国の状況を見てみましょう(2013IMF発表)。
①ドイツ:2,385億ドル黒字
②中国:2,137億ドル黒字
③サウジアラビア:1,772億ドル黒字⇒石油です。
④スイス:847億ドル黒字
⑤ロシア:813億ドル黒字⇒石油と天然ガスです。
⑨日本:589億ドル黒字
⑫台湾:495億ドル黒字
⑬韓国:431億ドル黒字
177南アフリカ:240億ドル赤字
178インドネシア:241億ドル赤字
179トルコ:469億ドル赤字
180ブラジル:542億ドル赤字
181オーストラリア:563億ドル赤字
182フランス:628億ドル赤字
183カナダ:670億ドル赤字
184イギリス:855億ドル黒字
185インド:933億ドル赤字
186アメリカ:4,749億ドル赤字
いかがでしょうか、ちょっと驚かれたでしょう。南アフリカからアメリカまで、えっと思う国々が経常収支は大赤字なのです。しかし、それでも国は成り立ち、成長を続けています。それはなぜでしょうか。
国際収支的に言えば、資本収支が同じように黒字なのです。資本収支とは、要するに投資です。海外からの投資で国際収支を支えていると考えてよいでしょう。
では、「なぜ投資するのか」です。一つのパターンは、今後の成長を期待するというもので、南アフリカ、インドネシア、トルコ、ブラジル、オーストラリア、カナダ、インドなどがそれにあたるでしょう。ですので、この期待を裏切ると、その国から投資は一斉に引き揚げ、“アジア通貨危機”のような破局が訪れるのです。今はバーナンキ発言で、いずれも自国通貨が下落している国々です。ここから次の経済ショックがはじまる危険性があります。
もう一つのパターンは、「他は危ないけれどあそこならば安心」というもので、フランス、イギリス、アメリカのような国々がそれにあたります。この辺の国がおかしくなれば、それは世界経済全体がおかしくなる時でしょうから、そうでなければまずは安心と言うことです。
おわかりでしょうか、「アメリカは経常収支が赤字という文章に気になったのですが、それでもアメリカが成り立ち、多くの成功を生み出し、世界をリードしている」ことの原因は、アメリカへの信頼であり、安心感なのです。ですので、それが崩れると、世界経済は奈落の底に落ちることになります。なにせ、ドイツと中国の黒字を足しても間に合わないくらいの経常収支の赤字を抱えているのですから。

F「読者からの質問22~自分が何ものであるかを知る~」

Q:自分の人生を自分で決断を下し、行動し、反省し、また再度行動というPDCAの行動理論は重要だと思います。多くの学生は何かが欠けております。「自分が何ものであるかを知る」を知るきっかけや糸口となることがこのコラムの醍醐味だと思います。世に広まって欲しいと信じています。
A:醍醐味と言うほどのものではありませんが、筆者はこのコラムも一つの出会いであろうと考えています。
そういう観点で言えば、「決断を下す」という作業はそう簡単なものではありません。既に経営者を論じるところで触れましたが(第132話「読者からの質問⑱~経営のプロフェッショナル~」)、経営者に求められる必要最小限の能力は、「経営判断(デシジョンメーキング)」をすることであり、ついでそれを実行するための「企業統治(ガバナンス)」をすることです。自分のことであれば企業統治は不要ですから、要は経営判断をすることになりますが、この経営判断(決断を下す)は大変辛いことです。一歩間違えば奈落の底に落ちかねません。
ですので、筆者は歴史から多くを学ぼうとしています。それは、歴史とはある意味では決断の繰り返しだからです。織田信長が叡山を焼き討ちした決断、明智光秀がその織田信長を奇襲した決断、これあたりは皆さんもご存じでしょう。こうした先人の決断の背景、あるいは決断に至った経緯、その決断が及ぼした影響などを考えることで、「決断を下す」ことのシミュレーション・トレーニングをしている、と申し上げたらおわかりいただけるでしょうか。
次に、「自分が何ものであるかを知る」という作業も大変困難なものです。ゴーギャンという画家がすべてを失った中で書いた大作「われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか(D'où Venons Nous / Que Sommes Nous / Où Allons Nous)」がまさにそれをテーマにしています。このときゴーギャンは49歳、彼は西洋文明に絶望し、妻子を捨ててフランス領のタヒチ島へ渡りましたが、タヒチさえも彼が夢に見ていた楽園ではなく、タヒチで貧困や病気に悩まされた彼は一度帰国しますが、絵は売れず、一度捨てた妻子に再び受け入れられるはずもなく、同棲していた女性にも逃げられ、パリに居場所を失って再びタヒチに渡航し、貧困と絶望の中で遺書代わりにこの絵を書き上げたのです。
もちろん、私たちが向き合っている現実はゴーギャンのそれとは比較にならないでしょう。また、ゴーギャンはいわゆる天才ですから(第50話「自分の人生は自分で決めるしかない」)、凡人の私たちと違って、その精神は極めて不安定です。ですから、ゴーギャンが抱え込んだ重さとは違うでしょうが、テーマは同じ「自分が何ものであるかを知る」という作業です。その意味では、「自分が何ものであるかを知る」のきっかけにこのコラムがなっているのだとすれば、それは光栄と言えるでしょう。
なお、「自分が何ものであるかを知る」と真剣に向き合おうとお考えでしたら、ぜひ一度サルトルの著作か、あるいはサルトルの評伝か、いずれかをお読みいただきたいと思います。いわゆる実存主義的な視点で、「自分が何ものであるかを知る」を考える本当のきっかけが掴めるかもしれません。

F「読者からの質問21~職業とコンピテンシー~」

Q:これは甘えかもしれませんが、公務員や銀行員以外の業種、業界の仕事に関係してもコンピテンシーの面から考えを述べてもらうことはできないでしょうか?
A:既に皆さんはウェイターやウェイトレスに必要なコア・コンピテンシーはご理解いただいていると思います(第48話)。また、経営者にとって必要なコア・コンピテンシーもご理解いただけたでしょう(第132話)。
あらゆる職業、業種、業界、役職には、それぞれのコア・コンピテンシーが存在すると筆者は考えています。ただし、職業、業種、業界、役職の内容が複雑であればあるほど(経営者のように)、簡単な構成ではなくなると思います。大きな山脈には登り口がさまざまあって、どの登り口から登っても頂上を目指すことができるのと同じです。
ですので、ここで〇〇には△△、□□には××というように機械的に整理できるものではないとご理解ください。
そのうえで、いくつかのヒントを差し上げましょう
第一の原則は、達成指向性(高い目標を設定し、目標に執着し、それを超えることや、そのために計算されたリスクをとる。)が無いと、どんな職業、業種、業界、役職でもなかなか大変でしょう。このコンピテンシーは動機(達成動機)と近いところに存在していますので、かなりの部分が先天性(アプリオリ)なものです。ですので、達成指向性を伸ばすのは一苦労しますが、無理なことではありません。自分は達成指向性が低いとお感じであれば、これは改善すべきです。例えば、筆者の知り合いは、目標は必ず書いて貼る、という行動を繰り返しています。「書く」という行動によって、目標を明示し、忘れないように自分を意識付けしているのです。あるいは筆者の場合には、朝仕事に就く前に、その日に片づけなければならない仕事を優先順位ごとに仕分けし、一日の終わりに何が片付いて、何が片付かなかったのかを顧みます。「仕分けし」「顧みる」ことで、すべきことを再確認しているのです。こういった「施策」をご自分で考えてみて、日々行動されるとよろしいでしょう。
第二の原則は、人を管理する立場になるのであれば、管理能力に分類される四つのコンピテンシーのどれかを高めないといけません。強制力(行動基準を設定し、その基準どおりに行動させる。)、チームワーク(他のメンバーを評価し、組織の円滑な運営を促進するよう行動する。)、育成力(他人の資質を長期的に育成しようとする。)、リーダーシップ(メンバーを効果的にともに働くように導く、動機づける。)の四つです。
また、筆者のようなコンサルタントを生業(なりわい)にしておりますと、問題解決能力に分類される四つのコンピテンシーは必須です。専門性(有用な新しい専門知識・スキルを習得し、ビジネスに生かそうとする。)、情報指向性(質・量の両側面から、執拗に情報を収集する。)、分析的思考力(複雑な問題を分解し、整理する、因果関係を掴む。)、概念的思考力(パターンを見抜いたり、考え方をつなぎ合わせ、新しい見方を作り出す。)の四つです。
そして、組織の中で生きようとお考えであれば、組織指向性(組織の基準・ニーズ・目標を理解し、それを促進すべく行動する。)が無いと苦労します、筆者のように、です。
いかがでしょうか、ぜひ他の職業、業種、業界、役職についても、具体的なその内容を見極めて、必要なコア・コンピテンシーをお考えください。コンピテンシーの理解と、分析的思考力の向上に寄与すると思います。

C「読者からの質問⑳~海外進出と雇用~」

Q:「生産は非常に上に近いところに移動する」について深くついた記事にできないでしょうか?その結果、メーカーに勤める人間にどのような影響(良い、悪い)があるのか。そして製造業以外の業種にその影響は全く来ないのか、日本の企業体は基幹技術のみ残ると雇用率は下がらないのかなど、深く展開したお話を聞きたいです。
A:この記事(第42話「日本経済新聞を読む~6月9日~」)で伝えたいことは、「生産は需要に近いところへ移動する」、「日本の強みは日本に残る」、「製造業は国の競争力やイノベーションの母体である」の三点だと思います。
その意味で申し上げますと、例えば自動車産業が海外生産を拡大することは必然となります(生産は需要に近いところへ移動する)。
しかし、そうした自動車開発の根幹となる技術は日本に残ることになります(日本の強みは日本に残る)。
そして、こうした技術革新を支えることが日本ではできるということが議論の大前提となります(製造業は国の競争力やイノベーションの母体である)。
そう考えますと、メーカーに勤める人間に生じる影響は、「あなたの職場は日本に限らない可能性があります」ということです。
次に、製造業以外の業種に生じる影響は、「うちの会社との付き合いを続けるのであれば、あなたの会社も海外に出てください」ということです。
最後に、雇用率に生じる影響は、「日本における教育システムが個々の人間の能力値を上げ続ける」ことが可能であればマイナスにはならないでしょう。しかし、それが不可能であれば、技術革新について来られない人材は居場所が狭くなるでしょう。
そのように考えますと、日本における教育システムのあり方は、質問にあるような不安を拭い去ることができるかどうか、それが試されていると言えるでしょう。
要するに、海外でも活躍できる人材か、イノベーションにコミットできる人材でなければ、製造業における居場所は少なくなるのであり、製造業以外の産業にも同様に影響は及ぶと考えられるからです。
しかし、日本はこれまでの数次にわたる経済ショックのたびに(オイルショックや円高不況、リーマンショックなど)、個々の人間の能力値を上げ、生産性を向上させて生き残ってきました。あのオイルショック以前のエネルギー使い放題が、今や世界に誇る省エネルギー大国です。
そうして考えますと、今の日本が襲われているデフレ下の経済縮小という大ピンチも、3・11東日本大震災とその後の福島第一原子力発電所事故の大ピンチも、「日本における教育システムが個々の人間の能力値を上げ続ける」かぎりは克服できるのではないかと筆者は考えています。
そのためには、教育システムに関わる多くの人たちの奮闘が必要なことは言うまでもありません。

C「読者からの質問⑲~企業規模と税制~」

Q:トヨタのような巨大な製造企業と5名ほどしかいない零細企業において税金という分野で大きな違いはあるのでしょうか?
A:日本の税制は極めて難解だ、とよく言われます。それは、個別の税金を定めた法律、所得税法、法人税法、相続税法、地価税法、登録免許税法、消費税法、酒税法、たばこ税法、揮発油税法、地方道路税法、石油石炭税法、航空機燃料税法、自動車重量税法及び印紙税法の運用に際して、特例を設ける租税特別措置法という法律(特別法)があり、そこでさまざまな優遇措置を定めているからです。しかも、この租税特別措置法は毎年改正されますから、常に変化するものなのです。そして、そうした毎年の改正で、例えば〇〇業界の振興のために□□に関する税金を少し安くしようとか、△△という所得水準の世帯の税負担を軽減するために所得税の非課税範囲を拡大しようとか、さまざまに決まるのです。それを決めるのが政府税調(内閣府税制調査会)という建前になっていますが、実際の決定権は自民党政権では自民党税調(自由民主党税制調査会)にあり、自民党税調の実力者のところにはさまざまな業界団体からの陳情が山のように積まれるというほどです。これを政財官の癒着構造だと、一時期多くの批判を受けたところです。
このように、ご質問の税金における中小企業と大企業の差はすべて租税特別措置法により定められ、それは年々変わることになります。
現時点での中小企業や小規模事業者への特例としては、概ね次のようなものがあるでしょう(青色申告をしている場合のみ、帳簿をつけない白色申告では適用されません)。ただし、税金は利益に対して掛けられますので、黒字経営の場合に、とご理解ください。
① 同族会社(3人以下の株主で、持株割合が50%超の会社)の場合は、税引き後、配当後の利益に対して留保金課税されますが、一定の条件を満たす中小企業の場合はそれが免除されます。
② 赤字(欠損金)が発生した場合、それを7年間繰り越すことができます。そうしますと、その赤字を超える黒字が発生しない限り、税金は免除されることになります。これも平成16年度の改正で5年間から7年間へ延長されました。
③ 赤字(欠損金)が発生した場合、一定の条件を満たす中小企業の場合は既に納めた過年度分の税金の還付を受けることができます。
④ 設備投資を行った場合、法で定める基準を超えて特別償却することが認められます(「中小企業投資促進税制」と「中小企業等基盤強化税制」)。その分だけ、利益を圧縮し、次年度以降の償却負担を軽減することができます。
⑤ 特定情報通信機器(IT関連)の設備投資を行った場合、ハードウェア・ソフトウェアの両面で、法で定める基準を超えて特別償却することが認められます。その分だけ、利益を圧縮し、次年度以降の償却負担を軽減することができます。
⑥ 30万円未満の償却資産については、一括償却することが認められます。その分だけ、利益を圧縮し、次年度以降の償却負担を軽減することができます。
⑦ 従業員の教育訓練費の一部を法人税から差し引く(控除)することができます。
⑧ 試験研究費の一部を法人税から差し引く(控除)することができます。
⑨ 交際費の一部を費用(損金)に含めて、利益から差し引くことができます。
⑩ そもそも法人税率は中小企業の方が大企業よりも低くなっています。大企業は30%ですが、中小企業は年所得が800万円までは22%です。
いかがでしょうか、いろいろと制度面では中小企業や小規模事業者に税制上の配慮をしていると言えるでしょう。
しかし、大企業には大企業の規模でないと使えない租税特別措置法の特例がありまして、それを考えるとどちらが得か簡単には判断できないでしょう。
ちなみに、以下のようなデータも存在しているようです(税経新人会全国協議会のサイトより引用)。

具体的には、次のようなものです。
① 連結納税制度は、親会社が子会社の株式を保有している場合、すべての保有子会社の所得を親会社の所得と合算して法人税を計算する仕組みです。親会社も子会社もすべて黒字なら、個別に納税した場合と大きな違いはありません。ところが連結納税グループ企業の中に赤字法人がある場合は、所得を合算することによって、各企業の黒字と赤字が相殺されるため、個別に納税するよりも税額が低くなります。この制度を使っているのはほとんど大企業です(中小企業では子会社がなかなかありません)。
② 企業が国内の他の企業から受け取った株式配当は、企業の決算上では収益に計上されます。しかし、法人税の計算上は、一部を除いては所得(売上)とはみなされず、その分だけ企業の利益が減少することになります。これも他社の株式を大量に保有している大企業に有利に働きます。
③ 海外の子会社からの配当は所得(売上)に含めなくてよくなりました。これも海外に子会社をたくさん持っている大企業に有利に働きます。
④ 引当金や準備金は、将来発生するかもしれないという理由で、まだ発生していない将来の費用を認めるもので、海外投資損失準備金などがその典型です。これもその種の必要性が多い大企業に有利に働きます。

いかがでしょうか、日本の税制は複雑だということ、中小企業にも大企業にもそれぞれ有利な特例が設けられていること(源泉徴収をされるサラリーマンにはありえません)を認識していただければよろしいのではないでしょうか。

C「読者からの質問⑱~経営のプロフェッショナル~」

Q:「プロフェッショナル」という言葉のイメージは運転手Iさん、フェイディアスのように「専門職」の仕事のイメージが湧いてしまいます。「会社の経営者」という人間は、はたして「経営のプロフェッショナル」になるのでしょうか?「経営」というものは複雑系の業種だと思いますが、いかがでしょうか?
A:経営者が大変な仕事だということは、既に皆さんおわかりのとおりです。
では、経営者はすべて「経営のプロフェッショナル」だ、と言えるでしょうか。
それは必ずしもそうとは言えないと筆者は体験しています。
世の中には変な経営者もたくさんいます。
社員のメールをこっそり全部見ている経営者もいました。
社外の人とのお付き合いをすべて報告させる経営者もいました。
会社がどんなに赤字でも自分の役員報酬をべらぼうな額にしている経営者もいました。
そんな会社は潰れるのでは、と思うかもしれませんが、これもそうとは言えないのです。
それは、「経営」というものを取り巻く環境は実にさまざまで、時には偶然が幸運をもたらすこともありますし、時には競争相手がいない状態になることもあるのです。
ですので、「経営者は会社の重要な経営資源である」ということは正しいのですが、それだけで経営が決まる訳でもない、いわば経営は複雑系の中にあると言えます。
とはいえ、当然のことですが、経営者が「経営のプロフェッショナル」である方が成功確率は高くなります。
では、経営者に求められる必要最小限の能力とは何でしょうか。
それは、「経営判断(デシジョンメーキング)」をすることであり、ついでそれを実行するための「企業統治(ガバナンス)」をすることです。
この二つをきちんとできれば、概ね経営者は「経営のプロフェッショナル」と呼んでよろしいと思います。
しかし、経営判断や企業統治をするために必要な能力は実にさまざまな要素から成り立っています。いわば、大きな山脈のようなものなのです。ですから、登り口は実にさまざまあって、どの登り口から登っても頂上を目指すことができるのです。
これに比べると、レストランのウェイターやウェイトレスは単独峰だと思ってください。ですので、登り口はせいぜい三つ、顧客指向性、徹底確認力、チームワークです。そういう意味では経営者が複雑系だとすれば、ウェイターやウェイトレスは単純系と言えるでしょう。ただし、複雑系だから高いとか、単純系だから低いとかは思わないでください。山の高さ(プロフェッショナルとして極めなければならない質)は同じようなものなのです。ですから、ウェイターやウェイトレスを極めるのも実は大変な話で、入りやすいから登りやすいとは限りません。
ただし、経営者にはどうしても使わなければならないコンピテンシーがあります。それは、管理能力クラスターに位置づけられる“リーダーシップ”、“チームワーク”、“強制力”、“育成力”のいずれかのコンピテンシーです。このどれかを使わないと組織は動かせません。
また、経営は人を使うものだという前提から、権力動機もないと苦労しそうです。
いかがでしょうか、「経営のプロフェッショナル」という意味をご理解いただいたでしょうか。

C「読者からの質問⑰~経営者の情熱~」

このコラムは読者とのキャッチボールも重要と位置づけており、その作業の中から①これから社会に参加する若者の皆さんに「働く」、あるいは「ビジネス」ということがどういったものなのかを知っていただく、②中小企業や小規模事業者で働くために重要な知識やスキル、あるいは社会人基礎力を身につけていただく、③中小企業や小規模事業者の海外進出において必要とされるさまざまな国や地域の情報や文化風土などの基盤的な知見を知っていただく、そうしたことを深堀したいと考えています。

Q:先日、とある中小企業の経営者の講演を聞きました。社員は25名、斜陽産業である繊維産業で23年も経営を続けている会社です。その人は「ビジネスって社会貢献」とおっしゃっていて,感銘を受けました。「経営者」と「雇用者」という人種は全く違いますね。
「近未来を読む力」ももちろんそうですが,多くの責任を一人で抱えています。そこにある「情熱」というものを感じ取りました。こうした「経営者」がこれから増え、社会がよりよくなる流れになっていただきたいです。
A:経営者は大変です。
まず、雇用されている人とは異なり、労働法で保護されていません。従って、どれだけ寝ないで働いて体を壊そうが、家庭が崩壊しようが、すべて自己責任です。そこへゆくと雇用されている人は週40時間制で、時間外労働には割増賃金が支払われ、かつ不慮の事故には労働災害保険が適用され、失業すれば雇用保険が適用されます。この差は天と地ほどに大きなものです。もちろん、その反面、経営者はいくら報酬を取ろうと、まず社内で反対されることはありません。
また、会社の資金繰りも大きな責任です。日本の銀行はそう簡単に無担保での融資には応じません。そうしますと、どうしても経営者が連帯保証することになります。こうなりますと、会社と経営者は一蓮托生、死なばもろとも、という関係になります。それはあまりに酷だろうと、今政府ではこうした経営者の事実上の無限責任を緩和しようと考えていますが、その意味はよくわかります。実際、会社の倒産で借金の返済に全生涯を費やした人には限りがありません。
このように、経営者をするのはなかなか大変なことです。”
次に重要なことは、雇用されている人を社会から預かっている、という責任です。
「企業は社会の公器である」とはよく聞かれる言葉ですが、松下幸之助は「人、金、土地、物、つまり企業の活動に必要なもろもろの要素はすべて本来、天下のもの、公のものであるということになります。したがって、そういう社会のものを社会から預かって仕事をしている企業自体、社会のもの、公器であると考えなくてはならないと思います。」と言っていますが、特に大きなものは“人”です。経営者は常に従業員(雇用されている人)の生活を、成長を、未来を考えなければならない責任があります。この責任ときちんと向きあっている経営者はそれほど多くはないかもしれませんが、この責任の重さはそれこそ大変なものです。
最後に、経営者は社会に新しい価値を提供する必要があります。それによって企業は成長できるからです。この部分と、従業員の部分がおそらく「ビジネスって社会貢献」の中に含まれているのでしょう。例えば、社会が必要としているサービスを提供する、社会が求めている新製品を提供する、社会に出まわっている機能をより安く提供する、こうしたことはすべて「新しい価値」に他なりません。
このように、経営者って実に大変なことなのです。
ですから、皆さんが中小企業や小規模事業者を選ぶ際には、必ず経営者を知ることです。そして、どういった経営者なのかを知ることです。多くの場合、企業は経営者と比例して成長するものです。

C「規制緩和とニュービジネス」

規制緩和が中小企業や小規模事業者にとってのビジネスチャンスになることは既にお伝えしてきました。そういった規制緩和の話題を二つお届けします。

あの東日本大震災の復興を図るため、宮城県では「水産特区(水産業復興特区)」という制度を導入しました。農地を外部の人が取得することが極めて難しいことは、以前第115話「読者からの質問⑪~需要があるのに、供給されない不思議な現象①~」でお伝えいたしました。が、筆者も驚きましたが、漁業も同じなんですね。漁業を行うには漁業権というものが必要なのですが(私たちが川で釣る時にも日釣り券を買わないといけませんが、あれも川に漁業権が設定されているからです)、漁業権は漁業をしている人、即ち漁師さんが作る漁業協同組合(漁協)にだけ与えられているのですね、驚きました。漁協に入らないと、基本的に密漁です。
しかし、世の中の協同組合の多くは、理想どおりには動きません。かなりの確率で素人の寄り合い所帯になって、一番必要な経営判断(デシジョンメーキング)や組織統治(ガバナンス)が疎かになってしまいます。
また、農業と同じように漁業でも、おしなべて高齢化、後継者不足に悩まされることになります。それはそうですね、新規参入が認められにくいのですから、当然先細りになります。
そこで宮城県では、「地元漁業者7人以上で構成される法人」などにも漁業権を与えることにしました。その第1号が先日石巻市で“桃浦かき生産者合同会社”へ漁業権が与えられたのです。この会社はまったくの自由化ではありませんから、地元の牡蠣養殖の漁師さん15人が参加していますが、同時に水産卸の仙台水産が出資しています。これによって、より消費者に近く、市場の動向も把握している企業が参加する新しい形態が生まれたのです。
こうした流れが加速化すれば、例えばスーパーのイオンが出資して漁業をする会社とか、居酒屋の魚民が出資して養殖する会社とか、消費者や市場に近いプレイヤーが増えるのですから、かなりのイノベーションが期待できるのではないでしょうか。しかし、その実現には目の回るような反対運動を超えていかないといけないのでしょう。

同じような話で、仙台市にアイリスオーヤマという生活用品を作る会社があります。家庭用の収納ケースだとか、ガーデニング用品だとかを作っているのですが、これも復興支援の関わりで、仙台市の農業法人舞台ファームと提携して、コメビジネスに参入したのです。「低温精米したコメを買いやすい三合パックにして売る」というビジネスモデルではじめたところ、当初の年商50億円をはるかに上回る引き合いを小売店から受けて、年商200億円に計画を上方修正し、被災地の宮城県亘理町に70億円を投じて巨大な精米工場を建設することになったのです。
そして、お手の物の家庭用品開発のノウハウを活かして、鍋やキッチンコンロなどコメとのセット販売で台所用品を売り込もうと準備を進めています。
そして、農家を抱え込みたい農協と、自分のネットワークに組み込みたいアイリスオーヤマと、今宮城県では熾烈な農家獲得戦争がはじまっているのです。
しかし、先の桃浦かき生産者合同会社と同じように、新しい血を入れることは必ずイノベーションにつながります。これは、第6話でお伝えしたように、経路依存症を抜け出すのは出会いだけなのとまったく同じで、常に外からの刺激は澱んだ水をかき回し、新しい生命の息吹を生むのでしょう。

皆さんも中小企業や小規模事業者で働く際には、こうした規制緩和が拓く市場にも十分注意をしていただきたいと思うのです。そこには必ず商売の芽があるのですから。

C「私たちを取り巻く医療」

政府は医療分野を新しい成長産業として位置付けようとしています。医療に要する機器や薬、健康や介護福祉に使う機材の開発は大きな市場となりつつあります。
地方の中小企業や小規模事業者の中には、こうした医療分野に活路を見出そうとするところもかなりの数に上っています。
筆者の住む福島県でも「うつくしま次世代医療産業集積プロジェクト」というものが進んでおりまして、材料、部品、加工、センサー、システム&ソフトウェア、自動化、医薬品などに分かれて事業化を進めています。最新アクチュエーターや遠隔医療、触覚センサーなどで見るべき成果を上げているようです。

しかし、こうした医療分野は別の角度で見れば、国民皆保険というシステムの中にあり、その医療費は年々増加する一途にあります。この医療分野を取り巻く外的環境にも目を向けなければ、せっかくの市場も泡と消えかねません。そこで、今回は医療費を取り巻く最新の情報を交えてお話を差し上げたいと思います。

それは、「大病院の初診料を1万円にする」というニュースです。
「病院に行ったら1万円?」と驚くかもしれませんが、これは厚生労働省が2016年度から導入しようとしている新制度です。
その背景には、さほどの病気でもないのに、とにかく大きな病院に行って診察を、と考える人がたくさんいまして、大きな病院が受けもっている高度医療や緊急医療の手が足らなくなっている、という笑うに笑えない現状があるのです。本来は風邪や発熱などの軽い症状では、かかりつけ医という地域の小規模な病院で診察を受け、そこでは手におえない症状について紹介状を出して、それを患者が大病院へ持参して診察を受ける、というシステムになっているのですが、大病院の初診患者の56%は紹介状なしで来院するというのが現実なのです。
これを何とかしませんと、患者はいくらでも大きな病院へ集中することになります。そこで、ベッド数200床以上の大きな病院へ紹介状を持たずに来た患者にはそれなりの負担をしてもらおうと、この制度が考えられたようです。

日本の国民一人あたりの平均受診回数は年間13.2回だそうで、これはOECD(経済協力開発機構に加盟する先進国)の平均値の約2倍ですから、いかに日本人が医者好き、病院好きかがわかるでしょう。筆者は、こうした安易な受診は国民皆保険という自己負担感の希薄なシステムのもたらした結果だと考えています。仮に、診察料は実費で支払い、年末調整か確定申告に還付するという制度であれば、まだしも安易な受診はセーブできたはずですが、最初から値引きで支払う今のシステムでは自己負担感は容易に認識されないでしょう。

このように医療問題の根っ子には、私たち国民があまりにも安直に医者にかかる習慣があります。が、もう一つは医療費そのものの増高にどう歯止めをかけるかという、制度上の問題です。
厚生労働省の発表によると、2010年度の医療費総額は36兆6,000億円で、前年度より1兆4,000億円増加。また70歳以上の高齢者の医療費は16兆2,000億円に上っています。しかも、医療費全体が国民所得に占める割合は、平成に入った頃の6%から、個人負担の強化による総医療費の抑制と厳しい医療費削減政策(診療報酬の度重なる引き下げ)を取っても、平成17年度には9%に達しています。日本という国のすべての生産額の1割近くが医療費に吸い取られている、そして長者番付には医者がずらっと並ぶ、これは異常と言えるのではないでしょうか。
しかも、“医薬分業”という建前で患者には不便な外薬局制度を(病院では薬を出さない)、「薬漬けの解決」という美名のもとに導入しましたが、増えたのは薬局の数ばかりではなく、国民医療費に含まれる薬局調剤医療費は平成7年の1兆2,662億円(国民医療費の4.7%)から平成18年の4兆7,061億円(同14.2%)まで急増しており、その伸びは11年間で372%以上、国民医療費での比率にして3倍強なのですから、医療費に占める薬代もうなぎ上りということになります。
こうした誰が見てもおかしなことが横行する日本の医療制度があることを念頭に、中小企業や小規模事業者は医療分野という新しい市場を開拓する必要があるのです。

C「通貨危機」

第55話のバーナンキ・プット」、第117話「日本経済新聞を読む~8月23日~」などで再々お伝えしていますが、新興国の通貨は今危機的状況にまで追い込まれつつあるようです。
筆者は1997年タイを中心にはじまった「アジア通貨危機」を思い出します。
当時、アジアのほとんどの国はドルと自国通貨の為替レートを固定するドルペッグ制を採用していました。それまではドル安基調が続いていたので、アジアの国々の通貨は比較的安い相場で安定していました(輸出には好都合)。また、アジアの国々は固定相場制の中で金利を高めに誘導することで、利ざやを求める外国資本の流入を促して資本(外貨)を蓄積する一方で、輸出で経済成長するという成長システムを採用していました。このため、経常収支はどの国でも慢性的な赤字でした(第51話「国際収支」をご覧ください、外資を入れることによりバランスを取っているのです)。しかし、アメリカで「強いドル政策」が採用され、ドルが高めに推移するようになりました。これに連動して、アジアの国々の通貨も上昇(増価)しました。これは円高と同じように輸出にはブレーキをかけることになりますので、アジアの国々の輸出は伸び悩み、これらの国々に外資を投じていた海外の投資家はその経済成長に疑問を抱くようになりました(外資を引き上げる危険性が増したのです)。

そこに目をつけたのがヘッジファンドで、ヘッジファンドはアジアの国々の経済状況と通貨の評価にギャップがあり、通貨が過大評価されていると考えたのです。そこで、過大評価されている通貨に空売りを仕掛け、安くなったところで買い戻せば利益が出る、という構図でヘッジファンドが通貨を空売りし、外貨準備高が少ないため買い支えることができないアジアの国々の通貨は変動相場制へ追い込まれ、外資は続々と引き上げられ、アジアの国々の通貨価格が急激に下落したのです。そして、アジアの国々では極端な外資不足から借金を返せないデフォルト寸前にまで追い込まれ、続々とIMF(国際通貨基金)の管理下で経済再建へと進むことになったのです。

いかに外資に頼り、外貨準備高が少ない状態が危険なものかを知らしめたアジア通貨危機でしたが、その遠因はアメリカの動向そのものだった訳です。強いドル政策で世界中の資金をアメリカへ集めようとし、そのお金の流れの変化が周辺の弱い国々の通貨危機を引き起こしたのです。
今回の場合もある意味では似ています。
第55話「バーナンキ・プット」でお伝えしたように、世界中でだぶついているドルをアメリカへ引き上げようということですから、同じようにお金の流れが変わることになります。その変化が周辺の弱い国々の通貨危機を引き起こす、いかがでしょうか、なんか似ているとは思いませんか。

現在、日本経済新聞などの情報によれば通貨の下落率は次のとおりです。
① インド▲19.3%、経常収支▲5.1%、対外債務残高/外貨準備率157%(多いほど返せないので危険)
② ブラジル▲14.6%、経常収支▲2.3%、対外債務残高/外貨準備率93%
③ 南アフリカ▲13.0%、経常収支▲6.3%、対外債務残高/外貨準備率271%
④ トルコ▲12.1%、経常収支▲5.9%、対外債務残高/外貨準備率271%
⑤ インドネシア▲11.1%、経常収支▲2.8%、対外債務残高/外貨準備率291%
⑥ メキシコ▲8.4%、経常収支▲0.8%、対外債務残高/外貨準備率147%
⑦ タイ▲9.0%、経常収支0.7%(プラスなのは力になります)、対外債務残高/外貨準備率90%
⑧ フィリピン▲7.6%、経常収支2.9%、対外債務残高/外貨準備率82%
⑨ ロシア▲6.2%、経常収支4.0%、対外債務残高/外貨準備率134%

通貨が下落し、経常収支が赤字で、対外債務残高が外貨準備高を超えている国は、いささか危険水域に入りつつあるのかもしれません。
また、いかに経常収支を黒字にする(日本はこのところ貿易収支が赤字)、外貨準備高を多くすることが重要か(日本は1兆ドルで世界第2位)、ご理解いただきたいと思います。

D「生産人口」

人口は年齢別に年少人口(0歳~15歳未満)、生産人口(15歳~65歳未満)、老年人口(65歳以上)に区分されます。
生産人口は、まさにこの人たちが“生産”して、年少も老年も支えているのです。いわば、社会の背骨のような年代が15歳から65歳までと言えます。
皆さんはまさにこの年代の代表として、これから社会へ出て、一つの選択肢として中小企業や小規模事業者の貴重な戦力となることが期待されています。

しかし、この生産人口は年々減り続けています。この種の統計をはじめた1994年には8,600万人を越え、全体の70%近くを占めていたのですが、今年の3月末の時点では7,900万人弱まで減り、全体の63%を占めるに過ぎません。
これは実はとても大変なことです。
要するに、働く人(働ける人)が少なくなっているという現われです。
「それでも仕事が無いのだから、競争が少なくなっていいんじゃない」と考える人もいるかもしれません。しかし、生産人口が減るということは、日本という国の容量そのものが小さくなっていることに他なりません。
これを続けると、いわゆる“縮小再生産”というマイナスのスパイラルに嵌る危険性が高いのです。仕事を生み出そうにも、そのエネルギーそのものが枯渇するという訳です。

この原因は二つあります。
第一は人口そのものが減り続けている、ということです。
47都道府県の中で人口が増えているのは、わずかに宮城県(震災の避難地という背景もあります)、埼玉県、東京都、神奈川県、愛知県、滋賀県、福岡県、沖縄県の8つに過ぎないのです。酷いところでは、青森県、秋田県、福島県(原発事故からの避難という背景もあります)では1%を超える減少率です。
第二は約700万人の団塊の世代がぞくぞくと老年人口へ移動している、いわゆる高齢化現象です。その結果、老年人口は増え続け、今や3,100万人弱と全体の25%近い割合を占めています。そして、この傾向は今後も続くことになります。

そうした中で、皆さんはまさに生産人口の極みとしてこれから社会に出てゆくことになるのですが、筆者は二つのことを考えていただきたいと思うのです。

第一は、人口をどう増やすか、です。人口が減り続けていては未来が明るくなりません。増えないとしてもこれ以上減ることには歯止めが必要です。出産や子育てのしやすい社会を作る、海外から移民を受け入れる、なんでもかまいません。さまざまな方策を講じて、人口の減少に歯止めをかけることです。

第二は、働き手をどう増やすか、です。働き手が少なければ日本のエネルギーも強まりません。女性の社会進出を促進する、高齢者に働く場を提供する、海外から労働力を導入する、若者のニートを減らす、なんでもかまいません。考えられる手立てを尽くして、働き手、しかも良質の働き手を増やすことです。その意味では、職業訓練や生涯教育、キャリア教育など広い意味での教育の重要性が増すことになるでしょう。

筆者がこのコラムでお伝えしていることは、いわゆる日本の近未来でもあります。そして、その近未来における主人公はまさに皆さんそのものです。そういう意味では、ある面で大変だな、とも思いますが、皆さんが踏ん張らないとこの下り坂に終わりは来ないのです。申し訳ないことでもありますが、筆者もできるかぎりは頑張りますので、皆さんもこうした危機的状況を乗り越えるために知恵を出し、汗をかき、頭と体を使い、踏ん張っていただきたいと思うのです。

C「イタリアの若者事情」

日本の労働市場ではミスマッチが多いと言われます。
働く人を求めているのに、手をあげる若者が少ない職場というのは実にたくさんあります。片方で仕事が無いと職につかない若者が多いのに、です。これはとても大きな問題です。
例えば、宿泊業では常に人手不足です。布団の上げ下ろし、食器洗い、配膳、掃除などは
どうしても人手が必要ですが、なかなか人が集まりません。また、いわゆる職人の世界も常に後継者不足です。腕さえ上げればいくらでも活躍の舞台には恵まれているのですが、なかなかこの頃の若者には魅力的に見えないようです。
で、誰もがこぞって普通の会社勤めを目指す、そういうことが繰り返されています。しかし、そんなに普通の会社勤めが楽でしょうか。いやいやそうではありません。普通の会社勤めをしている人たちに鬱病が蔓延している現実もあるのです。

こういう現象は日本独自のものか、と思っていましたが、どうもそうではないようです。
つい先ごろ、イタリアの会社経営者がこんなことを発言して、論議を生んでいます。
応募者から運転免許試験を受けるので入社を3ヶ月延期してほしいと要請されたことや、心の支えを得たいとして母親同伴で面接に来た応募者がいたことを明らかにし、人に応募してくるイタリア人の若者が今ひとつ「ハングリー」ではないとコメントしたのです。
その背景には、自分の経営するプラスチック製品工場での採用が移民ばかりになっていて、自分自身が一介の工場労働者から叩き上げて会社を経営するまでになったのと比べて、ということがあるようです。
筆者などは「なるほど、そうか、さもありなん」と思うのですが、イタリア国内では労働組合の指導者から就職活動がうまくいかないという若者まで多くの人たちから反発を受けたそうです。

イタリアの労働市場は失業率が12%程度ですが、15歳から24歳までの年齢では40%近い失業率になっているのです。その反面、ピザ調理師やエンジニア、職人や営業要員といった一部の職種では、求人応募者が十分集まらず欠員を補充できないという現実もあります。まさに、イタリア版ミスマッチです。
イタリア商工会議所連合会の調査によると、イタリアではエコノミストや経営者、エンジニア、数学者、営業要員が不足しており、これらの職種では欠員の12%が補充されておらず、飲食業や清掃業も人手不足だとしています。
また、イタリアの労働コンサルタント全国協議会の報告書は、洋服仕立業や製パン業、建設業などで、15万人分の雇用が「イタリア人に敬遠されている」と指摘しています。
飲食業協会も、ピザの本場であるイタリアで、ピザ調理師6,000人余りが不足していると、その苦境を明らかにしています。

その原因には、教育制度が若者に就職の準備をさせることに機能していないこと、企業も見習いや職業訓練の機会を十分に提供していないことなどがあげられるようですが、より基本的には社会経済分野のシンクタンクであるノルド・エスト基金が言うように「若い世代が将来の仕事について極度に高望みしている」という問題があるようです。

前回、「筆者が皆さんにお伝えしたいことは、とにかく働くことです。『稼ぎに追いつく貧乏なし』です。そして、貧困のスパイラルにはまることから逃れましょう。」と申し上げました。
私たち凡人には強烈に好きとか、強烈に嫌いとかはありません。ですので、続けるうちに好きになる、というパターンが意外と多いのです。そして、仕事を好きになれば、かなりの確率で幸せになれます。
皆さん、悩んだときは、上田市中央3丁目の若者サポートステーション・シナノもありますし、長野市南長野新田町のながの若者サポートステーションもありますし、松本市深志1丁目と長野市新田町のジョブカフェ信州もあります。一人で考え込む前にまずは動いてみませんか。

D「危険な貧困のスパイラル」

エジプトをはじめとして不安定な国がたくさんあります。「不安定な」ということがいわゆるカントリーリスクで、市場開拓に際しては注意をしなければならないことです。そうした不安定さの原因はさまざまあるでしょう。しかし、一つの共通項を探すとすれば、「貧困が固定化する」ということです。
人間は未来に可能性があると思えば、かなりのことには我慢ができるものです。しかし、未来に可能性がないと思えば、その我慢は暴発するエネルギーに変わる危険性があります。
そういう意味では、「貧しい人はどこまでも貧しい」という固定化がはじまると、社会の階層化がはじまると、社会は非常に不安定になると言えるでしょう。

戦後日本が比較的安定した繁栄を享受できた背景には、「貧困が固定化しない」、即ち「努力すれば貧困から抜け出せる」という可能性があったからです。日本のどんな田舎にいっても、数年、あるいは十数年に一人くらいは大秀才が生まれ、貧しい中でも努力に努力を重ねて東大に入り、末は博士か大臣か、という成功モデルがあったのです。東大はさておくとしても、都会に出て成功し、故郷に錦を飾るなんていうのはたくさんあった話です。

しかし、今の日本はそうではなくなりつつあります。筆者が講演会でよく使う笑い話に、「日本の大学の中で親の年収が一番高い大学はどこですか」というものがあります。成城No、上智No、青山No、学習院No、慶応No、正解は東大なのです。いまや東大は田舎の大秀才が貧乏な中で努力して入れる大学ではなくなりつつあるのです。年収の高い都会の家庭の子が、幼児のころから英会話を学び、私立の有名校に入り、そして東大に入る、そういう大学なのです。どうでしょうか、「貧困の固定化」のイメージはつかめたでしょうか。

そうした中、厚生労働省の平成25年版労働経済白書で、筆者が懸念している「貧困の固定化」を裏付けるデータが公表されました。それは、年収300万円を下回る低所得世帯では、世帯主が非正規労働者であるケースが平成22年時点で約150万人に上るということです。世帯主が非正規労働者ということは、皆さんが既に学んだように、正社員として保護されていない、どちらかと言えば不安定で先の見えない環境にある、ということです。そうしますと、年収300万円を下回る状況はこの先も続く危険性が極めて高いということです。
年収の低さは子どもたちへの教育投資がままならないということを招きます。教育投資がままならない子どもたちは、かなりの確率で低い学歴を余儀なくされます(東大の例でおわかりのように)。低い学歴は低所得を招く危険性が高いです。そうしますと、子どもたちが成長した後も、同じように低所得⇒低教育投資⇒低学歴⇒低所得と、マイナスのスパイラルがはじまることになります。
まさに、これこそが「貧困が固定化する」ということです。

さて、もう一つ気になるデータがあります。それは文部科学省が公表した大学新卒者の進路です。
この春大学を卒業した約56万人のうち、5.5%にあたる約3万人が就職も進学もせず、その準備もしていない、というショッキングな数字です。「安定的な雇用に就いていない」というくくりで言えば、何と11万5千人もの若者がそこに入るのです。
これはかなり深刻です。先ほどの話を続ければ、ある意味での低所得予備軍が大卒でもかなりの数になる、という危険性があるのです。

筆者が皆さんにお伝えしたいことは、とにかく働くことです。「稼ぎに追いつく貧乏なし」です。そして、貧困のスパイラルにはまることから逃れましょう。
また、サルトル流に言えば、アンガージュマン(engagement)です。社会に参加することによって、私たちは自分と向き合い、自由と向き合うことができるのです。ですので、まずは「働く」ことを通じて社会に参加しようではありませんか。

A「読者からの質問⑯~ユダヤ教やキリスト教の世界~」

Q:イスラム教とユダヤ教、キリスト教の根幹の話ははじめて知りました。宗教には非常に関心があります。父方も母方も熱心なカトリックの家系です。北日本出身の父方のルーツはおそらくアイヌか東北、奄美大島出身の母方のルーツは東南アジアになるでしょうから、どのような過程で西洋の宗教である「カトリック」に辿りついたのかわかりません。宗教の伝播というものがとてつもなく人類において重要な要素であり、興味深いです。その意味ではイスラム教の話は参考になりましたが、ユダヤ教やキリスト教の話も世界を知るうえで知りたいと思います。ユダヤ教やキリスト教の世界もこれからの日本にとって重要な市場になると考えるからです。
A:中小企業や小規模事業者にとっての市場という観点から、イスラム教の世界について数回に分けてお伝えしております。今後も、機会を捉えてお話するつもりです。
ユダヤ教やキリスト教の世界も同じように中小企業や小規模事業者にとっての市場としては大きな価値を持っています(特にキリスト教の世界は)。
そこで、ユダヤ教とキリスト教のお話を差し上げたいのですが、何分にも大変長い歴史があり、それに伴って幾度の分派事件もありましたので、一回やそこいらでクリアできる問題ではありません。
そこで、今回はごく簡単にユダヤ教からどうしてキリスト教が生まれたのか、キリスト教の初期段階でどのような論争があったのか、これに絞ってお話をさせていただきます。
まず、ユダヤ教です。これこそが「アブラハムの宗教」の開祖であり、砂漠の一神教の源です。今からおおよそ2,300年ほど前、エジプトのファラオの迫害を逃れ、モーゼに導かれた一群の人たちがユダヤ教のはじまりと言えます。そして、モーゼは神からの啓示を受け取り、神との契約を結ぶことになります。これがキリスト教で言うところの旧約聖書です。しかし、ユダヤ教では旧約聖書と並んで、モーゼの残した口伝律法(日常生活で守るべきルールやしきたり)を極めて重視します。この辺がイスラム教と似ているところなのですが(イスラム教の成立にユダヤ教が大きな影響を及ぼしたのです)、ユダヤ教にとっては律法を守ること、律法に沿って生きることが極めて重要ですので、「信じるものは救われる」などということは考えもつかないのです。
この律法中心とも言えるユダヤ教の教えに真っ向から立ち向かったのがイエス・キリストであり、彼の言葉を新約聖書(神との新しい契約、旧約聖書は神との古い契約)として位置付けたのがキリスト教ということになります。いわば、律法重視から信仰重視へとユダヤ教のイノベーションを行ったのです。
しかし、キリスト教はイエス・キリストの“復活”を受け入れたため、ユダヤ教やイスラム教とは異なり、預言者を超えた存在として“神の子”イエス・キリストを位置づけることになりました。そもそもキリストとはギリシア語のクリストスで、これはユダヤ教におけるメシア(救い主)を意味します。メシアは地上にユダヤの王国を再建し、世界に平和をもたらすものとされていますが、ユダヤ教ではこれから未来に現われるものであり、キリスト教ではイエスがまさにメシアである、という対立を生むことになるのです。
そして、イエスを神の子としたために、そもそもイエスは神か人か、という最初の論争にぶつかることになります。これが4世紀におけるアリウス派(イエスは人)、アタナシウス派(イエスと神は相似)の分裂です。しかし、ローマ帝国がアタナシウス派を正統と認めたので(ニカイア公会議)、アリウス派は今は残っていません。
次の論争がマリアです。イエスの母であるマリアを神の母として認めるか、神と相似であるキリストの母として認めるか、この分裂があり、神の母として認めない人たちはネストリウス派として東へ伝わり、今はアッシリア東方教会としてイラクやアメリカなどに残っています。
次の論争がイエスの神としての性質と人としての性質はどちらが強いか、という論争です。これについてはキリストは神と人が混ざることも無く、別れることも無く、一つの“格”を形成しているという考えにまとまるのですが、これに不満を持つアルメニア使徒協会(アルメニア、パレスチナ、フランス、アメリカなど)、シリア正教会(シリア、イラク、インドなど)、コプト正教会(エジプト)、エチオピア正教会(エチオピア)などが東方諸教会として分かれてゆくことになりました。
こうして残ったのが「三位一体(神、子、聖霊)」を信条とする、皆さんのよくご承知のキリスト教なのです。そして、このキリスト教がオーソドックス(ギリシア正教会)、カトリック(ローマ教会)、プロテスタント(“カトリックに抗議するもの”の意味)に分かれて、今日の姿になったのです。
次の機会がありましたら、現代社会における各宗派の地域性などにも触れてみたいと思います。